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カレーの王子さま レトルト
その価値観は21世紀でも通用するのか?

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皆さん、こんにちは。本日のお題はエスビー食品の「カレーの王子さま」です。たぶん皆さんの大多数は「名前くらいは聞いたことある」と思われるでしょうが、一応ざっと概略を説明しますね。「カレーの王子さま」というのは、エスビー食品が1983年から展開するカレーブランドの一つです。当初は固形ルウタイプの商品のみでしたが、発売後2年が経過した1985年に、レトルトタイプが発売されました。

そのメルヘン風のパッケージが示すように、「カレーの王子さま」シリーズは概して子供(幼児)向けの商品です。もちろん、大人が食べても問題はありません。お住まいの自治体の条例に引っかかるなどは(たぶん)ないでしょう。でもそのメインターゲットとして設定されているのは、まだ食事が何かとおぼつかない1~6歳くらいの幼児です。だから化学添加物の不使用や、大豆などのアレルギー性食材を極力排するなど、同シリーズはいずれも「食の安全」を全面的にアピールしたものになっています。

ちなみに、同社が「フォン・ド・ボー・ディナーカレー」でレトルトカレーの市場に参入したのは1982年です。それから間もなく「カレーの王子さま」がシリーズ化したことを踏まえると、どうやら1980年代半ばというのは、同社にとって「レトルトカレーで調子づいた時代」みたいです。

エスビー食品の前身である日賀志屋の創業は、関東大震災があった1923年です。以降、カレー粉を商ってきたという同社は、いわば「日本のカレー粉」の老舗です。であれば、レトルトカレーの市場にもう少し早く参入していてもいいのではないかと見る向きもあるかも知れません。世界初の市販レトルトカレー「ボンカレー」の登場は1968年ですから、1982年までいささか間が空きすぎているのです。

実は、エスビー食品は1970年に一度レトルトカレー市場に参入しているのです。しかし当時は、レトルトカレーというものがまだ世間に広く認知されていなかったためか、売上は不振に終わり、さらに当時は創業者の山崎峯次郎がまだ生きていて、彼の「3分でできるカレーなど邪道だ」という鶴の一声で、同社はレトルトカレー市場から撤退したのでした。

それから少しばかりが経った1974年に山崎氏はこの世を去り、同社は一度敗北を喫したレトルトカレー市場へ再度参入することになるのですが、それを思って私はこんなことを考えます。「もしかしたら1980年代というのは、大正や昭和の考え方が通じなくなった時代なのかも知れないな」。1980年代の終盤には、いつまで続くのかと思われた昭和も終わりました。いわば時代の変わり目です。それなら、昭和期までは概ね通用していた価値観や考え方が1980年代に「通用しなくなっていった」ということだって、あるかも知れないと思うのです。

山崎氏は1903年生まれだそうですから、その人格が形成されたのは大正期(1912-1926年)だと思われます。そういう人には、レトルトカレーみたいな「3分でできるカレー」は邪道にしか感じられなかったのでしょう。カレーのみならず、料理というものはすべからく時間をかけて丁寧に作るものだった。それが食べ物に対する礼儀であり、そういう考え方が食べ物を大事にすることにも繋がっていた。たぶん、そうなのだと思います。

大正期や昭和前半の日本は、いくつかの例外的な好況期を別にすれば、総じて貧乏です。そこで食材を大事にするのは当たり前でしょう。でも1980年代の日本はもはや貧乏ではありません。だからこの時代にバブル景気は生じて、千葉県には豊かさの象徴でもあるような東京ディズニーランドが造られます。こうなれば飽食は日常化し、食べ物に真摯に向き合うという姿勢は前時代的なものとして斥けられます。なればこそ、この時代にエスビー食品はレトルトカレー市場で調子づくことができたのです。当時の日本人の平均的な生活習慣において、山崎氏のような考えはもう化石同然だったのでしょう。

1980年代以降、つまり平成期の日本では、手軽に作れるレトルトカレーというのだけでは、もはや何の驚きももたらさなくなりました。そこで他の競合商品と差別化を図るべく、エスビー食品は「幼児向け」と「食の安全」を前面に出しました。それはそれで良いのですが、それはあくまでも飽食が当たり前であってこそ成立する趣向です。そもそも「王子さま」や「お姫さま」自体、ある意味で豊かさのシンボルですし。でもこれからの日本が貧しさに向かうとなると、肝要になってくるのはむしろ山崎氏のような考え方かも知れないな、と思ったりもします。皆さんはどう思われますか?





 

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