私事になるが、うちの父は広島で産湯に浸かり、その後大阪で育った。大阪もお好み焼きが名物の町である。それで、大阪でわかりやすく区別するために、うちでは広島のお好み焼きのことを「広島焼き」と言うのかな、とも思った。しかしどうやら「広島焼き」はそういったローカルな呼称ではなく、全国的に通用するようである。
ただし、広島で「広島焼き」という呼称はタブーらしい。広島県内でその名を口にすると、血を見ることになるかも知れないという。北海道で田中義剛の名を口にするようなものか。
広島風お好み焼き
File: 広島風お好み焼き.jpg
from the Japanese Wikipedia
(撮影:2011年6月8日)
広島焼きは、他地域のお好み焼きとどう違うのか。まず具材が違う。ヴィジュアル的に一番わかりやすいのは、中華そばであろう。もちろん、店の方針等により、そばのない広島焼きを出す店もなくはないと思う。しかしだいたいにおいて、中華そばが具として入っている。あとはもやし。これらは広島焼きならではの具である。少なくとも大阪のお好み焼きにはない(モダン焼きにはそばが入っているが)。
また、作り方も大阪のそれとは大きく異なる。大阪では往々にして、生地と具材(エビやら肉やらキャベツやら)を混ぜてから焼く。しかし広島では、その手法は採られない。
鉄板を挟んだカウンター式のお店で広島焼きを食べる。料理人は、熱くなった鉄板に油を敷き、その上で生地を焼く。じゅううぅっと音がする。そこにキャベツやもやし、豚肉などの具材を重ねる。サンドイッチ状態。途中でひっくり返したり、へらでぎゅうっと上からおさえつけたりしながら、あれよあれよという間に、広島焼きの形になっていく。鮮やかに。こうした手続きを言葉に置換しようというのは、ある意味で愚弄ではないかとすら思う。
調理中の広島風お好み焼き
File: Preparation of okonomiyaki in shimo kitazawa 02.JPG
from the Japanese Wikipedia
(撮影:2012年5月29日)
割り箸をぱきっと割り、それで広島焼きを割いていく。いただきます。口の中に入れると、熱々のキャベツやもやしといった具材たちは、心なしかふっくらしている。おそらく蒸し焼きの効果であろう。それにソースの甘味(もしくは辛さ)が相俟って、ほんのひとときではあるが、幸せを感じる。目の前には、未だ熱を宿したままの鉄板があり、また、口内では出来たばかりの広島焼きがその熱さを主張する。だからして(私の場合は)傍らに水が欠かせない。
広島に行ったときには必ず広島焼きを食べる。それくらい、広島ではお好み焼き店が数多く並んでいる。広島駅構内にもお好み焼き屋があったくらいである(今はどうなのかはわからない)。誰が数えたのか知らないが、広島県内にはお好み焼き屋が1500軒以上あるということである。2015年時点で広島県の可住地面積は、ざっと2311平方キロメートル。ということは、少なくとも1.5平方キロメートルに1軒の割合でお好み焼き屋があるということである。そりゃ凄いわ。
父の話では、父が子供の頃(1950年代)に作ってもらった広島焼きには、「肉とかそばは入ってなかった」らしい。「貧乏やったからな、そんなええもんは入ってなかった。もやしとか玉子もなかった。キャベツだけや。めっちゃシンプルやってん。でもそれが美味しかったんや」。