小岩井生乳１００％ヨーグルト
「無理が通れば道理引っ込む」とは言うまいが
「無理が通れば道理引っ込む」とは言うまいが
１９８４年（昭和５９年）、キリンホールディングスの子会社、小岩井乳業が「小岩井生乳１００％ヨーグルト」を出した。２０２２年現在、国内スーパーマーケットなどでこのプレーン・ヨーグルトを見たことがあるという方も多くおられよう。本稿ではこれを取り上げる。
一応説明しておくと、プレーン・ヨーグルトとは砂糖もアロエも何も添加していない状態のヨーグルトのことである。だから、この「小岩井生乳１００％ヨーグルト」がプレーン・ヨーグルトのオリジネイターであるとかは全然ない。むしろプレーン・ヨーグルトとしては後発組である。同社のホームページにはそういう旨の記述がある（２０２２年９月時点）。
では本商品の珍しい点は何か？ 普通、生乳という漢字表記は「せいにゅう」と読む。ところが本商品は「なまにゅう」と読むらしいのである。
小岩井生乳１００％ヨーグルト
生乳（せいにゅう）とは本来、ウシやヤギなどから搾乳したそのままの状態の乳を指す。つまり人為的な加熱殺菌を一切施していない、生の乳。でもそんな乳、とてもじゃないけど危なくて出荷できやしない。乳業会社の多くは、そう言うはずである。流通の過程で乳が雑菌まみれになり、消費者が食中毒を起こしてしまうことが、火を見るより明らかだからである。そんな危ない橋、誰が進んで渡るだろうかと。
生乳（せいにゅう）の原意そのままのミルクは、全国流通に適さない。でも、生乳という漢字表記はフレッシュな感じがするので商品名に使いたい。そこで同社は、生乳を「なまにゅう」と読むというアクロバシーに出たのではないかと私は邪推している。
そういうアクロバシーを、「強引」とか「無理がある」と評する人もいよう。でも１９８４年とは、そういう荒業が通用した時代ではなかったか？
１９８０年代は、やがて「バブル景気」と名付けられる好景気が日本に訪れた時代である。為替相場では１９７０年代に、１ドル＝３６０円の固定相場から変動相場制に移行。そして迎えた８０年代、日本は世界的な経済大国になる。日本で製造した商品が海外へじゃんじゃん輸出され、貿易は黒字化。国際市場で「日本＝大国」の図式はあっという間に共有され、当然、為替相場は「日本（＝円）は強い」ということで円高を告げる。要するに、当時の日本は「イケイケ」だったということである。
「小岩井生乳１００％ヨーグルト」が世に出る前年の１９８３年の春、日本の好況を象徴するものが造られた。東京ディズニーランドである。既存の日本製の遊園地とは一線を画した「テーマパーク」の到来は何を告げるものか？ 日本の豊かさであろう。戦後の日本人は、欧米に追いつき追い越せと奮闘した。その日本人にとって、アメリカのディズニーをテーマにした遊園地を自国内に造成できたことは、間違いなく一つの達成だったはずである。
日本の豊かさは東京ディズニーランドとして顕在化し、民衆は嬉々としてそこを訪れる。最早「日本＝大国＝豊か」は自明の理だった。であればこそ、もう一つのムーヴメントもまた表面化する。それは「たしかに日本は豊かになったかもしれない。でもだからと言って、貧しかった自分達をカンタンに忘れてもいいものだろうか？」という、ある種の疚しさに由来する「昔の日本を再評価する」動きである。それを象徴するのが、同じく１９８３年の春に放送開始となったドラマ『おしん』であろう。
『おしん』というドラマの舞台は、まだ貧しかった頃の日本である。つまり、１９８３年当時から見ても「昔」の日本。当時は、日本がまだ貧しかった頃をリアルタイムで生きた人が、かろうじて生きていた。そしてドラマが映し出すのは「昔の自分達」である。ビデオリサーチの統計によると『おしん』の最高視聴率は６２・９％。日本中が『おしん』を、それぞれの思いを胸に観ていた━━その一方で、人々は自らの豊かさを謳歌するべく、東京ディズニーランドに足繁く通う。貧しかった頃の自分達と、豊かになった自分達。当時の日本人はその二つの間で引き裂かれ、やがて前者を忘れてしまう。数年後に到来するバブル景気は、その証左と見ていいはずである。
ご承知のように、東京ディズニーランドが造成されたのは東京ではなく千葉である。でもそんな細かいことはどうでもいい。多少強引で無理があっても、イケイケどんどんで有耶無耶にしてしまえばいい。そういう時代だったといえばそういう時代だったわけで、そこで生乳を「なまにゅう」と読めという強引なヨーグルトが現れても、「まぁそういうのが出てきてもおかしくはないな」としか言いようがあるまい。
一応説明しておくと、プレーン・ヨーグルトとは砂糖もアロエも何も添加していない状態のヨーグルトのことである。だから、この「小岩井生乳１００％ヨーグルト」がプレーン・ヨーグルトのオリジネイターであるとかは全然ない。むしろプレーン・ヨーグルトとしては後発組である。同社のホームページにはそういう旨の記述がある（２０２２年９月時点）。
では本商品の珍しい点は何か？ 普通、生乳という漢字表記は「せいにゅう」と読む。ところが本商品は「なまにゅう」と読むらしいのである。
小岩井生乳１００％ヨーグルト
生乳（せいにゅう）とは本来、ウシやヤギなどから搾乳したそのままの状態の乳を指す。つまり人為的な加熱殺菌を一切施していない、生の乳。でもそんな乳、とてもじゃないけど危なくて出荷できやしない。乳業会社の多くは、そう言うはずである。流通の過程で乳が雑菌まみれになり、消費者が食中毒を起こしてしまうことが、火を見るより明らかだからである。そんな危ない橋、誰が進んで渡るだろうかと。
生乳（せいにゅう）の原意そのままのミルクは、全国流通に適さない。でも、生乳という漢字表記はフレッシュな感じがするので商品名に使いたい。そこで同社は、生乳を「なまにゅう」と読むというアクロバシーに出たのではないかと私は邪推している。
そういうアクロバシーを、「強引」とか「無理がある」と評する人もいよう。でも１９８４年とは、そういう荒業が通用した時代ではなかったか？
１９８０年代は、やがて「バブル景気」と名付けられる好景気が日本に訪れた時代である。為替相場では１９７０年代に、１ドル＝３６０円の固定相場から変動相場制に移行。そして迎えた８０年代、日本は世界的な経済大国になる。日本で製造した商品が海外へじゃんじゃん輸出され、貿易は黒字化。国際市場で「日本＝大国」の図式はあっという間に共有され、当然、為替相場は「日本（＝円）は強い」ということで円高を告げる。要するに、当時の日本は「イケイケ」だったということである。
「小岩井生乳１００％ヨーグルト」が世に出る前年の１９８３年の春、日本の好況を象徴するものが造られた。東京ディズニーランドである。既存の日本製の遊園地とは一線を画した「テーマパーク」の到来は何を告げるものか？ 日本の豊かさであろう。戦後の日本人は、欧米に追いつき追い越せと奮闘した。その日本人にとって、アメリカのディズニーをテーマにした遊園地を自国内に造成できたことは、間違いなく一つの達成だったはずである。
日本の豊かさは東京ディズニーランドとして顕在化し、民衆は嬉々としてそこを訪れる。最早「日本＝大国＝豊か」は自明の理だった。であればこそ、もう一つのムーヴメントもまた表面化する。それは「たしかに日本は豊かになったかもしれない。でもだからと言って、貧しかった自分達をカンタンに忘れてもいいものだろうか？」という、ある種の疚しさに由来する「昔の日本を再評価する」動きである。それを象徴するのが、同じく１９８３年の春に放送開始となったドラマ『おしん』であろう。
『おしん』というドラマの舞台は、まだ貧しかった頃の日本である。つまり、１９８３年当時から見ても「昔」の日本。当時は、日本がまだ貧しかった頃をリアルタイムで生きた人が、かろうじて生きていた。そしてドラマが映し出すのは「昔の自分達」である。ビデオリサーチの統計によると『おしん』の最高視聴率は６２・９％。日本中が『おしん』を、それぞれの思いを胸に観ていた━━その一方で、人々は自らの豊かさを謳歌するべく、東京ディズニーランドに足繁く通う。貧しかった頃の自分達と、豊かになった自分達。当時の日本人はその二つの間で引き裂かれ、やがて前者を忘れてしまう。数年後に到来するバブル景気は、その証左と見ていいはずである。
ご承知のように、東京ディズニーランドが造成されたのは東京ではなく千葉である。でもそんな細かいことはどうでもいい。多少強引で無理があっても、イケイケどんどんで有耶無耶にしてしまえばいい。そういう時代だったといえばそういう時代だったわけで、そこで生乳を「なまにゅう」と読めという強引なヨーグルトが現れても、「まぁそういうのが出てきてもおかしくはないな」としか言いようがあるまい。
