こんにちは皆さん。本日のお題は、不二家の「ルック・チョコレート」です。正式名称は「ルック・ア・ラ・モード・チョコレート」。長いですね。日本に住んでいてスーパーやコンビニへお菓子を買いに行ったことがあるという方であれば、誰しも一度は見たことがあるんじゃないでしょうか。あの黄色いパッケージのチョコレート。
不二家によると、「黄色以外のパッケージの『ルック・チョコ』は『ルック・ア・ラ・モード・チョコレート』ではなく、『ルック4』など別の名称にあたる」らしいです。なるほど。確かに不二家のサイトを見ると、いろんな種類の「ルック」がありますね。ともあれ、今回私が「ルック・チョコ」として言及するのは、黄色いパッケージの「ルック・ア・ラ・モード・チョコレート」のことだとご了解ください。
では、本題に入りましょう。
まず、そもそも不二家とは何者なのか。不二家の原点は、明治時代、西暦で言うと1910年、藤井林右衛門という人が横浜で開業した洋菓子店です。日本で初めてクリスマス・ケーキを売り出したこの洋菓子店が「不二家」。つまり不二家というのはもともとケーキ屋さんなんですね。
やがて時代が下り、大正時代、西暦で言うと1922年には、不二家は日本で初めてショート・ケーキを売り出します。それを踏まえると、日本の洋菓子の歴程において不二家がどういう役割を果たしてきたのか、うかがえるような気がします。
この明治から昭和にかけての時代、不二家は飲食店あるいは喫茶店として飛躍しました。お店の立地も銀座、伊勢佐木町など、おしゃれな場所が選ばれた。推察するに、不二家というのは、当時の舶来の食文化を日本式にアレンジして伝える「モダンなブランド」として機能していたのでしょうね。
余談ながら、私が幼少の頃、西暦で言うと1990年前後だったと思うのですが、地元の駅前にも不二家の喫茶店がありました。カウンター式の小さなしゃれたお店でしたけれど、そこでよく母にネクターやレモンスカッシュを買ってもらった記憶があります。
何が言いたいかというと、不二家が「おしゃれでモダン」である、そういったイメージは平成初期頃まではあったのではないかということです。「ルック・チョコ」が発売されたのは1962年と、昭和のど真ん中。そうすると、このチョコレートも「おしゃれでモダンな不二家」というイメージに基づいて開発されたということになります。
通常の(ファミリーパックなどではない)「ルック・チョコ」には4つの味のチョコが3つずつ、計12個含まれています。この4つのフレーヴァー、発売当初はコーヒー、いちご、バナナ、キャラメルだったそうですが、その後は現在に至るまで様々な変遷がありました。昭和後期にはパイナップル味が加わったり、平成初期にはグレープ味があったり。
で、思うのですが、この「ルック・チョコレート」のフレーヴァーのチョイスの底流にあるのは、「おしゃれでモダンな喫茶店」としての不二家のエートスではないでしょうか。なんとなくそんな気がするのです。物差しが「モダンな喫茶店」だからこそ、これらのフレーヴァーは選ばれたのだろう、と。
もちろん、民衆が持つ「飲食店としての不二家」のイメージには、それなりの経年劣化が(そりゃあ)あります。不二家という組織自体、今では山崎製パンの子会社に過ぎない。でも不二家が不二家である以上、捨てられないものがあると思います。いくら脱皮や変態を経ても変わらない、核のような部分。それが「ルック・チョコ」に、その一粒ひとつぶに、ともすれば含まれているのかもしれないと思うのです。あくまで、なんとなくの推量ですけどね。