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明治ブルガリアヨーグルト
日本でつくられる「ブルガリアのヨーグルト」

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こんにちは。本日のお題は、明治ブルガリアヨーグルトです。多分ですけど、皆さんも近くのコンビニやスーパー、あるいはドラッグストアや売店なんかで見かけたことがあるんじゃないでしょうか? ともすれば、人によってはこの商品名を、テレビCMで流れたメロディをつけて口ずさめるかもしれません。明治ブルガリアヨーグルト♪ と。それくらい日本国内では結構なポピュラリティを持つヨーグルトだと思います。



「明治ブルガリアヨーグルトLB81 プレーン」
価格:オープン


この「明治」は、時代区分としての明治ではありません。だから「明治の時代から脈々と受け継がれてきたトラディショナルなヨーグルト」というわけでは全然ないです。

発売は昭和も後半の1971年。この年の3月に、明治乳業(当時)が「明治プレーンヨーグルト」を世に出しました。それが2年後の1973年に「明治ブルガリアヨーグルト」に改称されます。以降、現在まで続くロングセラーとなっているのはご承知の通り。

そもそもの商品名が「明治プレーンヨーグルト」である以上、明治ブルガリアヨーグルトは基本的にプレーンのヨーグルトです。つまり、砂糖やアロエなど余分なものが添加されていない。従前は若干の砂糖(正式名は「フロストシュガー」というみたいです)が入った小さな袋が付いていましたが、2014年2月以降、砂糖の添付はなくなりました。時期的には消費税が5%から8%に増税されたのに伴うコストカットかと疑いたくなるところですが、明治いわく増税は関係ないみたいです。

ところで、この明治ブルガリアヨーグルト、別にブルガリアから輸入しているヨーグルトではありません。ちゃんと(というか)日本国内で製造されているヨーグルトです。それがなぜ「明治ブルガリアヨーグルト」なのか?



埼玉県戸田市にある明治ブルガリアヨーグルトの製造工場

出典:Meiji Toda Kanto factory.JPG
from the Japanese Wikipedia
(撮影:2013年4月14日)


改称されたのが1973年、というのが鍵です。

1970年代前半、当時の世界には、アメリカ合衆国とソヴィエト連邦の二極体制があり、そこには「冷戦」と呼ばれる緊張状態が常にありました。日本はアメリカの軍事的属国であり、ブルガリアはソ連の衛星国家「ブルガリア人民共和国」として、つまりは社会主義国家として、バルカン半島に君臨していました。

とはいえ、別に日本とブルガリアが直接的な敵対関係にあったわけではありません。実際、1970年に大阪府で開催された万博にはブルガリア館があり、それなりに人気を博しました。多くの日本人にとって、ブルガリアという国は「ヨーロッパのどこかにある国」でしかなかったと思います。

ただ、改称される前年の1972年には、1949年に成立した社会主義国家「中華人民共和国」との国交が実現します。いわゆる「日中国交正常化」で、今からはいささか想像がつきにくいでしょうが、1972年以前の日本国民にとって中国とは台湾のことを指す言葉であり、お隣の国は「国交のない、よく分からない国」でしかなかったのです。

当時は米ソ二極体制です。だから「国家体制としては社会主義が正しいのかもしれない」と考える人が、日本にもそれなりにいました。もちろん、当時の明治乳業にも。彼らはいわば「社会主義のシンパ」で、中国やブルガリアの社会主義勢力と秘密裏に結託し、日本と社会主義圏の国々との関係を密にするべくあれこれ画策します。その一環で、1971年に「明治プレーンヨーグルト」として世に出たヨーグルトが、2年後に「明治ブルガリアヨーグルト」と改称されたのです。

というのは、(もちろん)真っ赤な嘘です。

実のところは、明治乳業の幹部が、上述のブルガリア館で、ブルカリアのヨーグルトに感銘を受けたことに端を発します。このヨーグルトを日本でも気軽に食べられるようにしたい。そう志し、本場ブルガリアの製法や菌を用いて試行錯誤。万博の翌年には販売開始にこぎつけましたが、ブルガリア政府からは、商品名に国名を使うことはまかりならんと言われてしまいます。仕方がない。明治は「明治プレーンヨーグルト」として出しましたが、長い交渉と高品質が実を結び、1973年にはブルガリア政府から「これはブルガリアのヨーグルトである」と正式に認められ、国名の使用許可がもらえました。そして晴れて「明治ブルガリアヨーグルト」に改称されたということです。






 

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