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耳うどん
「自制せよ」と栃木の郷土料理は言う

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栃木県南西部あたりの郷土料理に、耳うどんというのがある。料理名を字面で見ると、あるいは「まさか人の耳をちぎって、うどんの具にしているとかではないよな」と思う人もいるかも知れないが、もちろん、そんな料理ではない。ありし日の中国の一部では人の肉を食べることもあったらしいが、栃木にカニバリズムはない(と思う)。

ここで言う「耳」とは、うどんのことである。

より正確に言うなら、小麦粉を練ってつくったうどん生地を、人の耳くらいの大きさに成形した物体である。少し違うが、おおむねワンタンみたいなものと思っていただければ良い。

それを、椎茸やカツオブシから出汁をとった、醤油味の温かいスープに入れて食べる。そのあたりも、うどんと変わらない。他に入れる具材はというと、鶏肉、海老、かまぼこなど、食べて美味しいと思うものであれば何でもいいのだとか。



耳うどんのアップ画像
File: Mimi-udon.jpg
from the Japanese Wikipedia
(撮影:2012年12月1日)

一説によると、耳うどんの成立は江戸時代末期だという。それがやがて栃木県南西部に定着し、おせち料理の残り物を処分する方策として普及したらしい。たしかに、鶏肉とかかまぼことかって、おせちの残り物であるよなという気がする。してみると、郷土料理であり正月料理でもあるわけか。

言葉は不適切かも知れないが、主目的が「残飯処理」なのだから、特に細かいレシピはない。出汁も昔はそれぞれの家の自家製の味噌であったという。

でも、なんだってわざわざ「耳」を食べなきゃならんのだ? フツーにうどん麺にして食べればよさそうなものじゃないか。こういう疑問もあり得よう。

ここでの「耳」は、疫病神などの「悪い神様」のシンボルだという説がある。悪い神様の耳を食べてしまえば、家の中のプライベートなあれこれを、悪い神様に聞かれて、弱みを握られたり、祟られたりすることもない。つまりは家族が平穏無事に過ごせるわけで、家内安全を祈願して食べる正月料理という恰好になる。また、別の説には「耳を食べてしまえば悪口が聞こえなくなるから、近所とも上手くやっていける」ということで、耳うどんなのだとも。



『怪談夜更鐘』に描かれた疫病神(左)
File: Hyakusai Yakubyo-gami.jpg
from the Japanese Wikipedia
(2008年6月1日)

なんだか妙に現実的というか世俗的な感じがする。栃木県ではそこまで皆さん悪口や「人に聞かれると困るようなこと」を日常的にあちこちで言いまくっておられるのだろうか?

でもまぁ、そうだよな、とも思う。栃木だけじゃなく、どこの地域であれ。

たとえば、家族の中で一人娘の立場にある女子学生に、初めて彼氏が出来たとしよう。多くの場合、若い恋愛ははげしく燃えるもので、彼女は家でも頻繁に彼氏と電話をしたりするだろうが、彼女としては、一つ屋根の下で暮らすお父さんやお母さんに、自分がいちゃいちゃしている様子を聞かれたくはないはずである。彼女の父親だって、出来ればそういう会話を耳にしたくはないだろう━━母親がどうかは知らないが。

こういうのはほんの一例で、私達が普段営んでいる人間関係では、ともすれば「耳をふさいでいれば凌げること」が結構あるのではなかろうか。そう思う。知らないでいれば、それで済むことというか。

現代では、ネット上に自分の悪口を書かれていたことを気に病んで、小学生が自殺してしまう例もある。あれだって、知らないでいれば死ななくて済んだのかも知れない。テキストはテキストでしかなく、言葉や文字には物理的に人を殺す力なんてないのだから。

「知らないでいれば、それで済むことがある」━━これはおそらく古の時代も現代も変わらない。その意味で、耳うどんというのは、なかなかに含蓄に富む料理なのかもと思う。お互い知らなくていいことは知らないままでハッピーに過ごしましょう、みたいな。





 

ほうとう
山梨の郷土料理を、ブログ風に紹介する