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「お~いお茶」
内容量:280ml
原材料:緑茶
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先日、用事があって道を歩いていたら、私の前を歩いていた大学生くらいの男子のリュック脇にペットボトルのお茶が差しこまれているのが見えた。それでふと思ったのが、今ってお茶や水をフツーに飲む人が増えたよなということである。屋外で飲むものといえば、昔はジュースやコーヒー、コーラなどが定番だった。いつの話かといえば、ざっくり言って二十世紀後半、つまり昭和後期から平成初期にかけての頃であろうか。でも今は、老いも若きもお茶やミネラル・ウォーターを当たり前に携帯して飲んでいたりする。もちろん私はその変化を嘆いたり憂慮したりしているわけではない。
その変わりっぷりは、あるいはしがない新聞記者であるクラーク・ケントが、町角の電話ボックスに入ってスーパーマンに変身したようなものと言っていいかもしれない。それくらいドラスティックな変化だと思う。では何がその電話ボックスに相当するのか? 管見では、伊藤園が一九八九年より販売している「お~いお茶」がそういう転轍点にあたると思うので、今回はその話をする。
まず「ここ数十年ほどの間に、日本国内において携帯飲料がどのような変遷を辿ったか」である。
一九七〇年代。元号を用いるなら昭和四十五年から五十四年まで。当時、私はまだ生まれていないのだが、いくつかの記録に徴するに、この頃はお茶を外で飲むことはほとんどなかったようである。当時の日本人にお茶を飲む習慣がなかったわけではない。缶なりボトルなりでお茶を携帯して飲むことがなかっただけで、言い換えれば当時お茶は「屋内で淹れて飲むもの」だったのである。当時主流だった容器はアルミやスチール製の缶で(それより前の六〇年代は缶ではなくビンが主流だった)、人々は屋外では缶コーヒーや缶ジュースを主に飲んでいた。
そういうわけで、八〇年代に入ると缶入りのお茶というのも市場に出てくる。代表例が、サントリーが八一年に販売開始した「烏龍茶」であろう。ちなみに伊藤園も同年に缶入りの烏龍茶を開発、商品化しているが、こちらはそんなにポピュラリティーを獲得しなかった。が、とにもかくにも「缶入りのお茶」は当時の市場でそれなりに受け容れられ、国内人口もまだまだ増加の一途。この流れと勢いに乗っていた(であろう)伊藤園は一九八五年、今度は「缶入り煎茶」を世に送り出す。これが八九年に「お~いお茶」と商品名を変えて、以降現在まで至る。
と、ここで「煎茶? あれ? たしか『お~いお茶』って緑茶だよな」と訝る人もいるかもしれないので、補足をしておく。緑茶とは発酵の程度で分類したときのお茶の一種で、未発酵から順に緑茶、白茶、黄茶、青茶、紅茶、黒茶となる。先の烏龍茶は発酵の程度が中くらいの「青茶」の一種であり、煎茶とは緑茶の一種にあたる。

「お~いお茶」プレミアムティーバッグ 抹茶入り緑茶
1.8g × 100袋
「お~いお茶」への改称が施された八九年は、昭和天皇をはじめ手塚治虫、松下幸之助、美空ひばりなど、さまざまな領野で戦後の日本を牽引してきた人が続々と他界した激動の年である。当時の総理大臣は、北川景子の旦那の祖父にあたる竹下登。この年の春、彼が率いる竹下内閣は五%という破滅的な支持率を出しながら、消費税を無理矢理に導入した。以降の日本経済を長期的に低迷させる原因を作り、それを置き土産に竹下内閣は六月に総辞職するが、後継の宇野宗佑を首班とする内閣は同年八月、なんと二ヶ月の短命に終わる。八〇年代終盤、日本はかような「激震の時代」を迎えていて、九〇年代はそれを踏まえてやってくる。
さまざまな領野で重鎮が亡くなり政治も揺れていたということは、市井の民であってもなかなか「激動」と無縁ではいられなかったということである。当時「もう刺激なんか要らない、穏やかに過ごしたい」と切望した人が多くいたとしてもおかしくないだろう。だからか、九〇年代序盤には、浮かれ騒ぎに支えられた「バブル景気」もはじけて終わる。九〇年三月、公定歩合が五・二五%に上げられ、東京証券取引所の平均株価が三万円台を割った。これが株安、債券安、円安の「トリプル安」に繋がり、バブル景気は幕を引くのである。
また、人々が穏やかさを求めたからか、この九〇年代には、コーヒーやビールなどの刺激物に代わり、リラックス効果、健康効果が期待できるお茶が、携帯飲料の主役の座に就くという現象も生じる。九〇年代前半、日本コカ・コーラ社が「爽健美茶」を出し、アサヒ飲料社は健康食品会社から「十六茶」を受け継いで販売する。いずれも現代まで続く大ヒットしたロングセラーであるが、こうした「お茶ムーヴメント」の旗頭が「お~いお茶」であったと私は思う。激動の八九年、とある広告会社の人間によって「お~いお茶」というのんびりした名前に改名(リブランド)されたこのお茶は、それくらい広く人口に膾炙した。
二〇二二年、伊藤園は「お~いお茶」の累計販売数が四百億本を超えたことを発表。相変わらず順調にヒットしているようだが、私にはそれが「刺激や激震とか要らんから、穏やかにのんびりしていたい」と望む人が、依然として多いからではないかと思えるのである。