先生(以下、S):こんにちは。年末年始気分もすっかりどこへやら、もう完全に平日通常モードに移行して日々を送られているであろう今日この頃。今回もアシスタント(=A)と一緒に、お菓子をテーマにいろいろとやっていきたいと思います。年末年始、どうだった?
A:久しぶりに紅白観たんですけど、良かったですよ。ビーズに震えて、アルフィーに痺れて。そのせいではないと思うんですけど、年始に体調を崩して、何日か寝込むということもありましたが。ところで今回は何を取り上げるおつもりですか、先生?
S:マルセイバターサンド。
A:すいません、名前聞いただけじゃピンとこないです、先生。
S:かもしれないね。商品名自体はそんなに有名ではないかもしれない。では現物の写真がこちらです。ドン!

A:ああこれかぁ。たまに近所のスーパーで売ってるのを見たことあります、先生。
S:そうですね、本州のスーパーでもたまに見かけることがあると思います。でもこれ、北海道の帯広にある六花亭という菓子メーカーが作っている、北の国の名物なんですね。「白い恋人」と同様にというか。たしかあっちは札幌の会社でしたけど。
A:帯広って行ったことないんですけど、北海道のどのへんですか、先生?
S:北海道の真ん中よりちょっと右(東)寄り、って感じかな。人口は二〇二〇年の国勢調査によると約十七万人だから、北海道の中ではそれなりの規模の町と言えるかもしれない。帯広を含む十勝地方は、「日本の食糧生産の要」と言われる地方で、なんでも十勝地方の食糧生産力だけで四国四県の人を養えるくらいなんだとか。まぁそういう土地柄だから、帯広空港は降り立ったとたん家畜の糞尿のニオイがすると言われてるけどね。
A:海外から日本に帰ってきたら、空港に着いたとたんに味噌のニオイがするって言う人もいますけど、そのたぐいなんですかね。てことは、そういう地域の特性を活かした地場産業の一つってことですか、先生?
S:ああ、六花亭がってこと? この会社はもともと十九世紀に函館(当時の箱館)で生まれた「千秋庵」の支店というか、暖簾分けされた店だったみたいよ。それがいろいろあって、一九七七年に暖簾を返上して独立したのが六花亭なんだって。で、その屋号改名の記念にと作られたのが、このマルセイバターサンド。だから六花亭が帯広に由来しているかというと、その歴程を考えると軽々にイエスとは言えない所もある。ただ、このマルセイバターサンドは帯広のローカリティーに基づいてると言っていいんじゃないかな。
A:どういうことですか、先生?
S:十九世紀後半から二十世紀序盤にかけて帯広という土地を開拓したのは、依田勉三と彼がひきいた晩成社という組織でした。このことは(少なくとも北海道内では)有名な話だと思います。彼らの目的は十勝の開拓で、いろいろな獣害や自然災害に見舞われながらも、長い年月をかけて開墾、開拓事業を前進させます。十九世紀末には畜産事業をスタートさせ、二十世紀の幕が開けて間もない一九〇二年には、バター工場が設立されました。この工場から三年後に発売されたバターの商品名が「マルセイバタ」だったんです。つまりこのお菓子は、帯広という土地を開拓した晩成社へのオマージュをこめたものなんですね。マルセイバターサンドのパッケージに「バタ」と印刷されているのはこのためです。マルセイというのは、マルで「成」という字を囲んでそう読みますけど、この「成」も晩成社に由来するものでしょうね。
A:たしかに帯広の人達にとっては、自分達の生活の礎を、艱難辛苦の果てに構築してくれた「偉大な先達」でしょうからね。これ、久しぶりに食べてみていいですか、先生?

マルセイバターサンド
File: Marusei-butter.JPG
from the Japanese Wikipedia
(撮影:2008年1月5日)
S:どうぞ。お菓子としては、レーズンの入ったクリームと、ホワイトチョコレートとバター、これらをビスケットとビスケットでサンドしたものになっていますが、このバターはもちろん一〇〇パーセント北海道産です。ビスケットの小麦粉やレーズンあたりは、アメリカ産みたいですけどね。
A:でもしっとりしてて、やっぱ美味しいですね。なんか飲み物ないですか、先生?
S:ないよ。じゃあちょっと外でホット・コーヒー買ってくるわ。
A:あ、もしあったら紅茶でお願いします、先生。