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■ 4月30日から5月30日にかけて、「アイス」をフィーチャーします。







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スイカバー
1986年発、スイカ型アイスキャンディー

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スイカバー、といっても、スイカのカクテルを売りにしているバーなどではない。ロッテ(2018年まではロッテアイス)が発売しているロングセラー・アイスである。どのくらいロングかというと、発売開始が1986年だから、もう35年以上である。発売当時に小中学生だった人は、今ではもうミッドライフの真っ只中。そう思えば、やはりロングと言って差し支えあるまい。

スイカバーの形状は、スイカそのものである。いや、もちろん、真ん丸ということではない。通常、スイカを食す時は包丁で切って食べる。そのカットされたスイカを模した、三角形のアイスキャンディーだということである。

まぁ百聞は一見に如かず。写真でご確認頂きたい。



BIGスイカバー


ちなみにスイカの種はチョコチップで表現されている。また、本当のスイカだと皮は食べられないが(食べる人もいるかもしれないけれど)、スイカバーの場合は皮、つまり黄緑色の部分もしっかり食べられる。

ここで思ったのが、自分が初めてスイカバーと遭遇したのはいつだったろうかということである。たしか、小学生か中学生の時に、近所のファミリーマートかスーパーで見かけて、親に買ってもらったのが最初だったと思う。ということは、大雑把に言って90年代か。

当時、スイカはどういう扱いを受けていたのか?

個人的にはやった経験がないが、昔はグループで海へ遊びに行くとスイカ割りをするのが定番だった。砂浜にスイカを丸いままでどっかと置き、それを叩き割るというゲームである。

なんだそれ、楽勝じゃん。そう思うかもしれないが、さにあらず。叩き割る役割を担うプレイヤーは、まず目隠しをする。そして、木製バットなり木刀なり棒状の物を持って、何回かくるくると横に回る。目隠し状態のプレイヤーは、当然、どこにスイカがあるか分からなくなる。だから外野が「もうちょい後ろに行け」とか「そのまま、ちょっと右斜め!」と、ガヤでナビの役割をする。そして棒を振りおろして、無事にスイカを割れれば成功。失敗した時は、外野にいた誰かが次のプレイヤーになる。



スイカ割りをする男性の図

出典:Summer Event of Japan Suikawari.jpg
from the Japanese Wikipedia
(撮影:2009年8月9日)


今では一部の過敏な人が「危険過ぎる」と言いそうだから推奨されないだろうなという遊びであるが、当時は、こういう遊びがポピュラーだったのである。まぁ男子が人に向けてロケット花火を飛ばすなども平然とやっていた時代ではある。それで誰かが重傷を負ったとかも(寡聞にして)聞かないけれど。

また、お笑い芸人の志村けんが、コントの中で、スイカにむしゃぶりつき、早食いを見せることもままあった。もちろん、彼の周りにはスイカの欠片がぽろぽろこぼれている。でもそれで笑っていたんですよね、当時は。これも今では「食べ物を粗末にするな!」というクレームがついて好感度を下げそうだからと、誰もやらない芸当ではなかろうか(当時もそういうクレームは充分あったのではと推察するが)。

こうして振り返ると、当時はスイカって結構、雑に扱われていたんだなと思い至る。当時というのは、1980~90年代ですね。

それはなぜかというと、恐らく「豊かだったから」であろう。大人も子供も、食うに困らなかった。たとえば、戦後間もなくの食糧難の時代に子供や若者がスイカ割りをしようとすれば、大人達はたちまち激怒しただろう。「食べ物をなんだと心得とるんだ、馬鹿たれが!」と。

しかし80年代は経済的繁栄の時代である。スイカバーが出る前年の1985年9月、プラザ合意で日本は円高を承認した。円高だと輸出産業が困る。そう言って円高を認めたがらなかった日本政府に対し、諸外国が「自分達が金持ちであることを認めなさいよ」と勧告した。それくらい円が世界的に強かったのである。そしてスイカバー発売の翌年1987年には、いよいよバブル景気が本格的に始まる。そのバブルの絶頂とされる1991年には、「農産物を粗末に扱うな!」と言うべき立場であるはずの農協が、スイカ割りの公式ルールを定めたりもした。

豊かさの中で、人は平気で、食べ物を粗末にして笑っていられるバカになる。スイカバーはそういう時代の産物でもある。だからスイカバーの文字列に私達は「バカ」を発見する━━という訳でもなかろうが。






 

チューペット
細長い円筒形のポリエチレン容器に入った清涼飲料