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■ 3月31日から4月29日にかけて、時計をフィーチャーいたします。







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うまい棒
限界点をうろうろする駄菓子

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「うまい棒」とは日本の駄菓子である━━このことは特に断る必要がないかもしれない。それくらい、日本で生活していると、このお菓子はよく見かけると思う。たとえば、あなたがスーパーやコンビニ、駄菓子屋、あるいはドラッグストアなどを遊弋していると、高確率でこのお菓子と目が合うだろう。この棒状のさくっとしたスナック菓子と。それであなたがうまい棒をショッピング・カートに放り込むかどうかはともかく。

しかし、では日本人はうまい棒についてよく知っているかというと、そうとは言えないだろう。あくまで私見だが、日本人の過半は、たとえば「うまい棒はどこのメーカーのお菓子か?」などの問いに、「さあ?」と返すと思う。


時計の針をいくらか逆向きに回し、うまい棒が発売された時点に話を移そう。一九七九年七月へと。

この年は日本人が、ヨーロッパ共同体(EC)が発表した『対日経済戦略報告書』というレポートの中に「外国は自分達(日本人)をどう見ているのか」を発見し、面食らう年である。

七〇年代、日本人は「モーレツ」と言われるくらい、勤勉に働き続けた。敗戦からの復興はとうに済んだはずなのに、ゴールを自分達で設定するという発想を持たなかった日本は、ただ愚直に働き、稼ぎ、貯金を増やしていった。多分どこまで豊かになればいいのかが分からず、不安だったのだろう。海外諸国が日本(=円)の強さを認め、為替相場で「円高」が示されても、日本は「輸出産業がダメージを食うじゃないか」と怯えを露わにした。そして働き、働き、ひたすらカネを貯め続けた。日本人のそんなあり方を「ウサギ小屋に住む仕事中毒者」とECが報じたのが一九七九年である。

何もユーロクラートが絶対的に正しいわけではない。しかしそれは一つの客観的表現ではあった。その表現に対面し、日本人は「そうか、自分達は外からはそう見えているのか」と思い、やがて八〇年代には、それまでに貯めまくったカネを吐き出すという方向にも進み、バブル景気をも到来させる━━が、一九七九年の日本人に、そういう方向性はまだない。まだ充分に豊かではないはずだから、カネは浪費するより貯めるべきだろう。それが当時の日本人の支配的な考え方だった。「まだ充分に豊かではないはずだ」━━そういう考えを象徴するかのように、この年、東京のやおきん社は「うまい棒」を打ち出す。

二〇二二年二月、うまい棒に関するこんなニュースが飛び交った。うまい棒の値段が、原材料価格や光熱費の高騰を受け、十円から十二円に値上がりするというのである。うまい棒は一九七九年から四十年以上、販売価格を十円に据え置いてきて、だからこそ値上げがニュースにもなるのだが、私には、そもそも十円という価格自体が「安すぎないか?」と思われる。しかしそれは私が馬齢を重ねた大人だからで、駄菓子は根本的には子供が買う物。だから十円前後に設定されてきたのだし、うまい棒について無知でも大人は特に困らない。

七〇年代、日本は外から見れば充分豊かになっていた。しかし日本国内でその恩恵を享受できたのはごく一部で、少なくとも子供の多くは経済的な豊かさと縁遠くいた。だから十円の駄菓子が売られ、ヒットしたのではないか。

うまい棒がリリースされた一九七九年七月は、ソニーが携帯カセット・プレイヤー「ウォークマン」を発売する月でもあった。それまではステレオで楽しむだけだった音楽が携帯可能になり、町角にはヘッドホンで耳を塞いだ人が溢れる。それが何を意味するかといえば、「日本人は孤独になる方向へ向かった」だろう。社会に出てがむしゃらに働く以外に未来がない。そんな状況下では、孤独になりたがる人が増えてもおかしくはあるまい。ちなみに一九七九年は、四年後にファミコンを出してゲーム界の王者となる任天堂が、初めて自社開発した家庭用ゲーム機を発売した年でもある。

日本の大人や若者は企業戦士として働き、同時に孤独へ向かう。その中で子供達は置き去りにされ、豊かさと隔たれていた。その方向性は今も続いているのだろう。うまい棒が相変わらず低価格のままロングセラーとなっているのは、その象徴ではないか。当節、巷で「スマホ依存症」や「ゲーム中毒」が喧しく難じられるが、改善される気配は毫もない。それも道理で、それは半世紀近く前から連綿と続く宿痾なのである。治療は、まず「我々の社会はどのような病に蝕まれてきたか」を認識することからしか始まらないだろう。



埼玉県八潮市にある、やおきん八潮営業本部

出典:Yaokin Yashio Sales Division 1.jpg
from the Japanese Wikipedia
(撮影:2018年8月11日)


なお、うまい棒を販売するやおきん社は、いわゆるファブレス(=自社工場を持たない)企業で、実際の製菓作業は茨城県のリスカ社が担っているのだが、リスカ社の代表は、二〇〇八年にはもうコストカットは限界に達した旨を公表している。つまり、二〇二三年現在、うまい棒はいつ無くなっても不自然ではないのである。それはここ数十年ほど続いた「駄菓子を全国一律で供給できる体制」の終焉が近いことの暗示だと、個人的には考えている。





 

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