こうして「日本のお菓子」を取り上げていると、ふと気がつくことがある。平素、私達がスーパーやドラッグストアなどの棚で見かけるお菓子は、実は戦後(つまり二十世紀後半)に生み出されたものがほとんどだということである。二〇二二年に銃殺された安倍晋三元総理大臣は、第一次安倍内閣時代に「戦後レジームからの脱却」を言い立てた。彼のように、自民党の政治家には「明治の頃は良かった」と妄信する、いわゆる復古主義者が多くて、それゆえにああいう公約も打ち出されたのだろうが、そもそも「戦後レジーム」というなら、五〇年代半ばから政権与党を担当してきた自民党こそ「戦後レジーム」の代表格なんだけどな、とは思う。
ともあれ、私達が普段目にするお菓子の過半は「戦後レジーム」の産物であることは間違いなく、それで言うと今回取り上げる明治の「アポロ」などは、その商品名からしてもろに戦後っぽいのではあるまいか。

明治 アポロ袋(12袋入り)
内容量:100.8 g
というのも、このアポロはアメリカの「アポロ計画」と密接な関係があるからである。
自民党が結党され、政権与党となった一九五〇年代半ば、アメリカとソヴィエト連邦(以下ソ連)は宇宙開発競争に明け暮れていた。当時は米ソ二極体制と言われるほど、この二国が世界に冠する大国であり、それぞれに軍事力を競うことに没頭していた。その結果、莫大な額の軍事費が国の財政を圧迫することになり、両国は七~九〇年代にかけて斜陽化するのだが、取り敢えず五〇年代においては、両者は軍事力と科学力のツバ迫り合いに夢中だった。宇宙開発の技術(たとえば人工衛星の開発、運用など)はそのまま軍事転用が見込まれるものだったが、それぞれの国の機運上昇やイメージUPにも大いに資する所があった。
この宇宙開発競争は、おおむねソ連が優勢だった。そこでアメリカは打倒ソ連の方策として、一九六一年に「アポロ計画」を打ち出す。この計画は、簡潔に言えば「人間を月まで連れてって、無事に帰還させてみせまっせ」というものだった。アポロ計画がいつ始まったかについては意見が分かれる所だが、この年の五月にケネディ米大統領が公の場で「アメリカは六〇年代のうちに人間を月まで連れて行き、安全に帰還させることに取り組むべきだ」と表明したことを、本稿では計画の起点とする。なおこの目標は、宇宙船「アポロ十一号」が一九六九年七月に月面着陸し、地球に帰還したことを以て達成された。

両院合同会議で月面着陸計画を表明するケネディ米大統領
(パブリックドメイン)
File: Kennedy Giving Historic Speech to Congress - GPN-2000-001658.jpg
from the Japanese Wikipedia
(撮影:1961年5月25日)
同六九年八月、明治製菓(のちの明治)はチョコレート菓子「アポロ」の販売を開始する。このアポロは、側面にギザギザ模様が刻まれた、小さい円錐状のチョコレート(上部分がイチゴ味のチョコ、下部分がミルクチョコの二層構造になっている)が一箱に複数入っているタイプの商品である。

アポロチョコレート(明治)
File: Meiji Apollo (3592302545).jpg
from the Japanese Wikipedia
(撮影:2009年4月14日)
この円錐形は、アポロ宇宙船の司令船部分の形状を模してのものということだが、二〇二六年現在、明治の公式サイトでは同社が「アポロ」を商標登録したのはアポロ計画が達成されるより前の一九六六年で、この名前はギリシャ神話の太陽神「アポロン」に由来していると説明されている。

1966年の「アポロA-004」実験で使われた司令船
(ニューヨーク州クレイドル・オブ・アヴィエイション博物館内)
File: CM-002 at Cradle of Aviation Museum, Garden City, NY.jpg
from the Japanese Wikipedia
(撮影:2010年11月27日)
まぁいろいろと事情がおありなんだろうが、個人的には端的に言って「ホンマかいな」と思う。
というのも、まず商標登録してから商品をリリースするまで三年かかっているのが謎だし、販売できるかどうか覚束ない商品の名前をギリシャ神話から拝借する理由も、これまた余人には見当がつかない。そしてこれらにいろいろ事情があったのだと斟酌しても、ならどうして同名の宇宙船の形をわざわざ模したのか、やはり説明がつかない。それより素直に、「当時のアポロ計画ブームに便乗した商品です」と言われた方が、よほど合点がいく。
当時、他国の宇宙開発は日本でも羨望と期待のまなざしの的だった。六九年夏にアポロ十一号の船長ニール・アームストロングが月面に着陸し、作業をするシーンは全世界にテレビ中継されたのだが、ビデオリサーチ社によると、この中継の日本での平均視聴率は、八十二パーセントに達したという。間違いなく当時の日本でアポロ計画は、一大センセーションだったである。
誤解のないように言っておくと、私は明治の公式サイトでの説明を難じているわけではないし、彼らの説明を虚偽だと断定しているわけでもない。あくまで訝っているだけである。私だってそれなりに馬齢を重ねた大人なので、明治にもそれなりにいろいろ事情があろうことは容易に推量できる。訂正しろとか、歴史的事実を歪曲するなとか、そんな野蛮なことは言わない。

明治 アポロチョコレート
内容量:46 g
でも彼らの説明からは、当商品の成り立ちを説くことには若干の桎梏がかかるのだろう、と暗に伝わってくることもまた否めない。で、こういう類の枷やらタガやらを嫌う人が、「戦後レジームからの脱却」とか言い出すのかもな、とは思ったりする。冒頭にて叙したように、それを言い立てる人だって「戦後レジーム」の傘下にあり、「戦後レジーム」からの恩恵を大なり小なり浴してきたはずなのだけど━━ちょうど私達が(日本の過半の地域で)今でもアポロを手軽に入手し、何の気なしに食べられるように。