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■ 10月31日から11月29日にかけて、水をフィーチャーします







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ここまで話を伺ってきたが、茶師とは具体的にどのような仕事なのだろうか。茶葉の状態を見極めて、自らの経験とセンスを以てブレンドし、一般消費者に美味しいお茶を提供する、というようなイメージだろうか。しかしイメージはイメージ。警察用語には「現場百遍」という言葉もあることだし、前田幸太郎商店の仕事の実際を見せてもらうことにした。

「お茶を見る、というのは、こうして実際に見ることを言います。お湯を注いだりして、香りや味を確かめたりもします。転職してきて最初のうちは、全部同じに見えましたけどね(笑)。お茶の葉を斡旋業者の方が持ってきたりして、それを見極めるわけです」



イメージ通り。しかしこの後、仕事場へ案内してもらい、そのイメージはがらりと変わった。先ずは土足からスリッパに履き替えて、1Fを見せてもらった。屈強な男性たち数名が茶葉の入った箱をかついだり、茶葉を混ぜたりしている。お茶を商うということは、扱う全体量は当然、相当なものとなるわけだ。



続いて2F。こちらは本当に木造の工場といった感じだ。結構、年代モノの機械だそうだが、伺った時間帯(14~15時)には使われていなかった。




「この箱ひとつで、大体45キロあります。これをかついで何段にも積んだりします。体力が要りますし、結構負担も大きいですね。茶師のなり手が少なくなってきた理由の1つとしては、今の若い人は、力のない人が多いですから(笑)。女性にはきついと思います。マイナス3度の冷蔵室で保管している箱の方は25キロで、ちょっと軽めですけど」

大体45キロあるという箱ですが、さすが、
前田さんはひょいと持ち上げられました。
こちらは、冷蔵室の箱(25キロ)たちです。
写真からは寒さが全く伝わりません(笑)。

いや、それでも重たいとは思うけど、なるほど、持ってみるとさっきの箱より軽い。しかし寒い。まさか梅雨の時期に、茶商を訪ねてマイナス3度を体感するとは思わなかった。もっとも、このような保存のおかげで、一般消費者が美味しいお茶を味わえるわけなのだが。

それにしても、茶師とは大変な肉体労働だ。加えて、審美眼やセンスなど、目、鼻、舌の利きも問われる。更に、お茶に関する知識や、その応用力が無くてはならない。ハートの強さだって必要になる。環境が人を作るという面もあるだろうが、なかなか険しそうな職業に見える。前田に、茶師に必要な条件は何か、訊いてみた。


「他の茶商の方は知らないですけど、個人的に思うのは、<自信を持たない>ことですね。30年やってきても自信がないというか、やっぱり心配なんですよ。相手が自然だから、何が起こるか分からないというのもあるし、お茶って嗜好品ですから、万人受けするものというのがありません。お客さんに、あんたん所のお茶はお茶の味がしない、と云われ、ガクッときたこともありますし(笑)。心配している方が物事に慎重に取り組めるし、前に進めると言いますか。だって、うちのお茶は完璧だ、となったら、それ以上のものは出来ませんからね。だから最近では、心配しているくらいが丁度いいかな、と割り切っています(笑)」


力や知識、センスなどは、鍛えて身につければ良い。だがそれでもどうしようもないこともある。といって、そこで投げ出しては元も子もない。つつしんでまた新たな一歩を踏み出し、それを続ける、その姿勢こそ大切ということだろう。自信を持たないということは、自分を卑下するのではなく、用心と畏れを欠かさない、と換言できるのではないか。茶師の世界に限った心構えではないはずだ。


インタビューと文: 三坂陽平