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■ 2月29日から3月30日にかけて、文房具をフィーチャーいたします。







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大島紬のみならず、着物は、ひと昔前の日本では日常着であった。しかし現代では、日本人にとり着物を着るということ自体、エキゾチックなことになってしまった。是非はともかくとして、そこにはすべからく時代の流れという物が存在するわけだが、枡儀もその潮流とは無関係ではいられない。

「枡儀は僕の祖父(6代目)が設立した会社で、それ以前は上田呉服店という名前でした。初代の人が儀兵衛さんといいまして、上田家は代々「儀兵衛」を襲名してきたんですが、6代目の時には、聞いた話では戦争のごたごたがあって改名できなかったらしいです。そこで、屋号としてあった枡屋(「越後屋」のようなもの)と儀兵衛を合わせて、枡儀になりました。元々は問屋業でしたが、買って売るばかりでは面白くないし、呉服業界全体が下火になってきたこともあって、うちの父(7代目)の代から、自分たちの大島紬を作ろうとメーカー業にも進出したんです」



生物が環境に適応して進化・衰退してゆくように、時代に合わせて自らの形を変えてゆくのは、極めて自然。問題はその変化の方向性である。どう舵をとり、何処へ向かおうとするのかだ。しかしその前に、同社専務であり上田家の8代目でもある上田哲也氏について知っておく必要があるだろう。枡儀の舵取りの1人であり、同社の将来の担い手でもあるのだから。

「枡儀を継ぐんやで、と昔から洗脳されて来たんですけど(笑)、若いからイヤやったんですよね。それで学生の頃はバンドをやっていましたが、まあそれは趣味に留めようという事で、就職しました。枡儀にではなく、別の呉服関係の会社に。一度、外から枡儀や枡儀で取り扱う商品の事なども見ておきたかったので。数年後、枡儀に転職して、大島紬の産地である奄美大島(鹿児島県)に2年ほど移住して、大島紬の作り方やマネジメントの実際等を学びました」


下の写真を見てもらうと分かるが、氏は着物を着ている。着物を商っているんだから不自然じゃないだろう、と思うかもしれないが、実際のところ、着物を作ったり売ったりする人でも、スーツなどの洋装に身を包む例がほとんどだ。業界のマジョリティに反する、彼の着物に対する想いを訊いた。

「4~5年くらい前、ある人に着物を着るかと尋ねたら、着ないと答えられました。なぜかと訊くと、着る機会もないし、実際に着物を商うあなた(上田氏)自身も着てへんやないか、と云われ、それが凄く悔しかった。そこからはもう絶対に洋服は着ず、着物で通そうと決めました。実際に着物を着ると、今までやってきた仕事の正すべき点が見えてくるんです。大島紬って、伝統工芸品であるとか希少価値とかで売るけど、そうじゃない、着てなんぼの物なんや、と」

「着物の市場は縮小傾向にありますから、市場拡大を図る上で、単純に考えて、着物を着る人が増えないと、買う人は増えません。で、日常生活で着物を着てみたいと思う時というのは、着物姿の人を実際、街や雑誌とかで見た時しかないんですよね。だから僕は、実際に着物を着ているのを見てもらうのも大事やと思っているんです」


上田哲也

枡儀の専務取締役にして、
代々続く呉服商・上田家の8代目。
呉服関連の他社に就職した後、
枡儀に帰還し、奄美大島に2年移住。
現在は京都の枡儀本社勤務。
のの』を始めとする様々なブランドを設立し、
着物に対して多面的なアプローチを敢行中。



彼の姿勢は、職人技だとか技術だとかを重視しがちな日本人には、商業主義だ、と疎まれるかも知れない。しかしいかに優れた技術者であれ匠であれ、収入が無くてはどうしようもない。商売のための技術ではないが、商売を欠いて技術・技能を維持・向上させるのも、無理な話なのだ。彼の想いと試みは少しずつ新たなコネクションを増やし、同時に「ユーザー目線に立った着物」の確立へも繋がってゆく。

「大島紬は高価ですから、初めて着物を着てみようという人にはお薦めしにくいわけです。何十万もするし、怖っ、てなるじゃないですか(笑)。もうちょっとお客さんに近いブランドを作る必要があるなと思って、『のの』というブランドを立ち上げたんです。価格帯は、一番高いのでも10万円くらい、安いのだと2万円くらいです。希望があれば男性用も作りますが、一応、女性用ブランドになっています。やっぱり着物を着るのは、95%以上が女性ですから」

「もしかしたらですけど、女性の方がファッション面でヴァリエーションとか華やかさがあるのに対して、男性の方がくすぶっているというか、不満がある人も多いのかなと思います。業界の方が勝手に男性用・女性用とカテゴライズして、ユーザーの選択の幅を狭めている所もあると思いますし。160cm台の男性なら、女性モノも着られるじゃないですか、買いにくいだけで。実際、着物を着る男性には個性的な人が多いですし、実は男性用と言う分野に市場が眠っているのかも知れない」


自分がユーザーになることで、新たな視座を持ったということだろう。それはそのまま母体である枡儀の変化にも帰結する。枡儀は、上田氏はどう舵を取り、何処へ赴こうとするのか。

「大島紬のややこしいのは、価格水準が見えづらいところです。ある小売店は20万円で売っているものが、別の店だと100万円というのが、平気である。メーカー希望小売価格というのがなく、みんなオープン価格だから最大5、6倍の開きがあるんです。僕はそれではいかん、買う人に分かりやすくするため、価格水準を呈さないと、と思っています。だから先ほどの『のの』においてのみですが、全部、希望小売価格を出しています。物を作る人と売る人、そしてお客さん、みんなが安心して売れる・買える状態がベストですからね。理想はやっぱりその辺の服のように、何も説明しなくても売れることです(笑)」



インタビューと文: 三坂陽平