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■ 2月29日から3月30日にかけて、文房具をフィーチャーいたします。







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日本のポップス
録音・ミキシング技師

中崎文惠

< 2014年11月30日 >


音楽プロデューサー・佐久間正英さんがガンで亡くなられたのは、今年の1月半ばのことだった。生前、私は彼に「日本で質の良いスタジオはどこだと思いますか?」と訊いてみたことがあった。横浜ランドマーク・スタジオなど3つのスタジオを列挙した後に、彼はこう付け加えた。「忘れてた! 来春オープン予定の京都精華大学のレコーディング・スタジオ。おそらく国内一のスタジオになります。というか、そう作ります!」丁度去年の10月になったばかりの頃のことだった。

彼が国内一としたスタジオは無事に完成し、精華大に通う多くの学生に使われている。スタジオを設計したのは一級建築士の谷田秀雄さんと佐久間正英さん、そして彼の弟子にあたるエンジニア・中崎文惠さんだった。中崎さんは非常勤講師として精華大で教鞭をとられてもいる。佐久間さんのご遺志と「国内一のスタジオ」の真相、そしてポピュラー・カルチャー学部の講師でもあり現役のエンジニアでもある中崎さんの内に在るポップ・ミュージックの真実をたずねるべく、京都精華大学のマギ・サウンド・スタジオで中崎さんにインタビューを行なった。




中崎文惠(以下、N): もともと私も関西というか福井県出身で、大阪のある専門学校に通っていたんですけど、そこは面白くなくて中退して(笑)、知り合いの紹介で東京の映像会社に就職したんです。その頃、当時佐久間と一緒にやっていたエンジニアの方と知り合いになりました。初めてスタジオに入ったのは、2007年の丁度今頃(10月末)ですね。最初は「プロトゥールスって何ですか?」という所から始まって(笑)。その頃にアンサスペクテッド・モログラムという佐久間のバンドのエンジニアをやったりはしていたんですけど、その後、ケガをしてしばらく社会から離れまして・・・しばらくして身体も治った頃にお誘いがあって、そこからですね、佐久間と色々やるようになったのは。


「最初はやっぱり(コンソールに)触るのも怖かった」と語る彼女だが、そのキャラクターと手腕を見込まれて、佐久間さんの片腕としてスタジオ・ワークのキャリアを積んでゆく。生前、佐久間さんのバンドがツアーに出た時には、映像会社に在籍していたキャリアを買われて、舞台監督をつとめあげたこともあったとか。やがてマギ・サウンド・スタジオに佐久間さんが着手し始めた時も、色々と意見を聞かれたそうだ。

N: 「こんなスタジオだといいですね」とか、ちょこちょこ横から言っていた感じですね(笑)。マギっていう名前も、本人(佐久間さん)が何も考えてなかったんで、私が付けたんです(笑)。マギって東方の三博士じゃないですか。「国内一」と彼が口をすっぱくして言っていたので、日本を代表できるスタジオだという意味も含めています。あと、佐久間正英のイニシャルである「M」の付く名前にしたかったんです。彼が作ったことに意味がありましたから。マギっていうと、「アニメ?」とか云われそうですけど、観たことないです(笑)。


マギとは古代ペルシアの司祭(つまり坊さん)を指すが、同時に「マジック」という単語の語源でもある。「ポップ・ミュージックの魔法」を云々した歌が昔あったが、このスタジオからもその魔法が出ずるのだろうか。

N: 「魔法はあるよ! 信じることが大事なんだ!」と(笑)。現存する唯一あいまいな(魔法と呼べそうな)ものっていう所では・・・天気か音楽くらいですからね(笑)。



実際、スタジオのアコースティック・ブースで中崎さんにピアノを少し弾いてもらったが、音が良い。それはオーディオ的な意味ではなく、聴いて心地いい空間作りがされているということだ。「この(ポアルと合板で作られた)逆ピラミッド型の天井も、他のスタジオでは見たことないですね」と中崎さん。プロのミュージシャン用のスタジオではなく、学生が使うスタジオに「日本一」とされるクオリティが必要なワケとは?

N: ここで勉強する子供たちって、良くて町の個人経営の小さなレコーディング・スタジオで自分のバンドを録ったくらいしか経験がない、おそらく、ほとんどはスタジオを未経験という状態で来るわけです。そういう子たちに、いい加減なモノを提供しても意味がないから、ちゃんとしたモノを作ろう、ということが目的で、このスタジオを作る計画は持ち上がりました。自分が最初に訪れたスタジオって、絶対自分の中でのリファレンス(標準)になりますからね。最初に良いモノを知らないと、良いも悪いも判らないじゃないですか。上手になってから良いモノを使えばいい、ではなくて、最初から良いモノを使って大事にしていこう、と。で、良いモノを判断しようと思ったら、経験をたくさん積んだ人が「良い」とするモノを知るしかないんです。だから自分(佐久間さん)が伝えていかなきゃいけない、という気持ちが強かったんだと思いますけどね。


このスタジオが心地いいのは、物理的な理由もさながら、設計思想に「佐久間正英」その人が宿っているからかも知れない。壁から天井から床に至るまで、佐久間さんがご自身の音楽人生の中で培ってきた経験が息づいているのだから。つまりここでは、佐久間さんに見守られながら、スタジオでの何たるかを体験できるのだ。

N: 授業では、(学生たちは)ホーム・スタジオですから、ワイワイ楽しそうにしていますよ。学園祭のノリというか、そんな感じです。レコーディングの前に曲を作る時も楽しそうですもんね。今日とかも「こんなのしてみようと思います」って、普段やらないようなベタなバラードを作ったりしていましたね(笑)。