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さて、ここまで読まれてきた方の中には、こんな疑問が浮かんでいるかもしれません。万年筆のペン先調整をしたところで、どうなるものか? などと。

小野「万年筆と、ボールペンなど他の筆記具では何が違うか。ボールペンは、手で押さえないと書けない。でも調整した、本当に良い理想的な万年筆というのは、まるで自分の指先からインクが出てるような書き心地なんです。つまり、筆記具を持っていることすら忘れさせる、万年筆と一体化しているような錯覚が起きる。それが万年筆の究極の形だと思います」

「ただし、それにはペン先調整が絶対に必要なんです。修理に出しても、形は整って帰ってくるでしょう。でも、それが自分にフィットするとは限らない。インクが出すぎるとか、インクの出が足りないとか、それは個人によって感覚が違う。なめらかじゃない、抵抗がある書き心地が良いと言う方もおられます。だからウチでは、お客さんに、万年筆に関して、ワガママをおっしゃって下さいと伝えます。出来る限り、それに沿うような万年筆にしますから、と」



小野さんの職人としての自信は、言うまでもなく、サラリーマン時代の経験に裏打ちされています。では、いかにして、彼はその道に進んだのか。

小野「27歳の時、ダイヤ産業に転職しました。当時は週休二日制が当たり前ではない時代だったんですが、ダイヤ産業は週休二日制だったんです。休みがある方が良い、と(笑)。入社して営業に配属されたんですが、あまり楽しくはなかったから、しばらくして、ペン先調整部門に空きが出た時、志願したんです」

「振り返ると、営業より職人の方が、自分に向いていたとは思います。勿論、転属になって、いきなり出来るわけもありません。当時のお客さんに怒られながら、修行の日々です。(万年筆のペン先の)形を整えるのは、半年もあれば出来るようになりますが、ペン先を調整して、お客さんに合わせるとなると、5年や10年の経験じゃ無理ですね。お客さんは予想外のことを言ってきたりしますから、それに対応できるだけの引き出しを自分の中に作るのには、最低15年以上は掛かります」


とどのつまり、ペン先調整の世界における職人の腕とは、いかにお客さんの不満足を減らせるか、なのです。万年筆が、書き手にベストな形で寄り添い続けるためにも、小野さんのような職人は、万年筆がある限り、そして万年筆を求めるお客さんがいる限り、大切な存在に思えます。しかし社会の情勢は、その職人の育成に積極的ではないようです。

小野「やっぱり職人を抱えていると、企業としても、人件費がかさみますから。こんなサービスをやってるのは、愛知以西ではウチくらいです。だからウチにはコアなお客さんも多く来られますし、『ここは最後の万年筆屋やな』とおっしゃって下さる方もいました(笑)。今は、万年筆のペン先が調整できるものだと知らない人もいるみたいで、それはもったいないと思います」


即ち、今の日本では万年筆は普遍的ではない、ということでしょう。なぜか。他の筆記具が普及しているから。不景気が長引いているから。ワープロやPC、携帯電話が出て来たから。いずれもそれっぽいですが、他の要因を小野さんは指摘します。

小野「安価なモノもありますが、たいがい万年筆は高価ですから、どうしても使われるシーンが、大事な手紙を書く時とかに限定されてしまう。僕は万年筆を、普段使いして欲しいんですよ。普段から使うと、万年筆が手に馴染んできます。それでこそ、万年筆で書くことの喜びを味わえるんです。高いモノやから滅多に使わない、やなくて、高いからこそ普段から使わないと」



小野妙信

大阪府生まれ。
1976年、ダイヤ産業大阪営業所へ入社。
「モンブラン」の万年筆に携わり続け、
2010年に定年退職。
以降、全国のモンブラン直営店で
ペン・クリニックを展開。
2011年11月、「小野萬年筆」を開店し、
現在に至る。
西日本で万年筆に関わる人で、
その名を知らない人はいない、
ペン先調整の大立者である。
確かに万年筆は高級品のイメージです。中でも「モンブラン」となると、それこそ高級万年筆の代名詞的存在と言えるでしょう。

小野「ウチには、『パーカー』や『デルタ』など、『モンブラン』以外のブランドもありますが、やはり『モンブラン』は特別なんです。未だに万年筆のスタンダードと言えば、『モンブラン』の『マイスターシュテュック149』を指します。つまり『モンブラン』は、万年筆の<核>を持っているブランドなんですよ」


ブランドを形成、維持するのは、並大抵のことじゃありません。同業他社との圧倒的な違いを保持し、その物語性を多くの人に支持され続けなくてはいけません。最後に「小野萬年筆」の今後の野望を、小野さんに訊いてみました。

小野「ゆくゆくは、ひとつのブランドと言ったら大袈裟ですけど、万年筆を買うなら『小野萬年筆』で、というようなお店になっていけば、と思ってます。それには職人としての技術を、更に磨かないといけません。職人に終わりはありませんから。手始めに、ウチのオリジナルの包装紙を作ろうかと画策していますが、今のところは、そんなん誰が欲しがるんや、って話ですから(笑)。まだまだ、これから頑張らないといけません。でも、そういうことを考えるのが、本当に楽しいんですよ」





インタビューと文: 三坂陽平