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■ 8月31日から9月29日にかけて、ビールをフィーチャーします







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■ なるほど。その日常を丁寧に描写しているためか、藤子(F・不二雄)先生がご存命の時の『ドラえもん』よりもキャラクターの動きがなめらか、リアルですよね。


Y: そうですね。もちろん旧作もよく動いているんですけど、2005年以降の『新・ドラえもん』は、より自然に、やわらかく動くようになりましたよね。今回も、ハデでカッコいい動きより、日常芝居にこだわりました。たとえば、しずかがタオルをしぼるシーンとか。何気ない動作ですが、とても難しいんです。日常芝居を重視してくれるアニメーターが集まってくれたのも大きいですね。


■ ハデでカッコいい動きより、とおっしゃいますが、私なんかが旧作との違いを如実に感じたのは、カメラ・ワークなんですよ。旧作って、終始、カメラ・ワークの基本中の基本を大事にしたアングルだったと思うんですが、反面、迫力は薄かった。でも今作は、たとえばツチダマとドラえもんの戦闘シーンとか、カメラ・アングルが凄い迫力じゃないですか。

Y: 劇場版となると予算もぜいたくに使えますし、スタッフも技術のある方が集まってくれますからね。そういった方たちに「これは完成したら凄いぞ」というコンテを提示して、やる気を出してもらう。「ここはこのくらいでいいか」って自分の中で勝手にリミットを掛けちゃうと、作品が魅力ないものになってしまいますから、「これ、大変だけど何とかしてください」くらいが、丁度良いんです。その結果、スケジュールが押してしまったんですけど(笑)。


■ あ、それがさっきの話につながる、と(笑)。

Y: アニメって、どこまでいっても素材は平面じゃないですか。だけど実写に負けたくないというのがあるんですね。


■ 旧作は、その点では・・・


『ドラえもん のび太の日本誕生』
1989年3月11日公開(日本)
Y: ただ旧作に関しては、今と比べて技術的な制限もありましたし、「子供に見せるものだから、わかりやすい構図じゃないと」という芝山監督の意向もあったと思います。奇抜なアングルや早いカメラ・ワークだと、子供がついていけなくなってしまいますから。やっぱり『ドラえもん』って、昔も今も、基本は子供が観るアニメなので、そこは大事だと思います。


■ どれだけ上質でも、「お子様ランチ」でないといけませんからね。監督が先ほどおっしゃられた、ご自身の個性、つまり作品内に人間ドラマを構築するというのは、これがリメイクだからですか?

Y: いえ、リメイクに限らず、ですね。たしかに監督した劇場作品は、両方リメイクですけど。やっぱりキャラクターに血が通っていないと・・・人間は感情や心の動きとかあるじゃないですか。それはお話の中のキャラクターたちにもあるはずで、たとえば今作では、のび太とククルの心の交流を描いたりだとか、『新・大魔境』ではペコの内面を掘り下げたりしたのは、そういうところです。


■ なるほど。監督は『ドラえもん』以外の作品にも携わられていますが、『ドラえもん』の作者、藤子・F・不二雄って、「作り手」としての評価と言いますか、どんな作り手だと思われていますか?

Y: 僕が思う藤子(F・不二雄)先生の一番凄いところは、物語に「不思議だな」と思う要素があるわけですが、その「不思議」に話を持っていくまでの技術が凄いと思っているんです。


■ 「不思議」に辿り着くまで、ということですか?

Y: さっき言った「日常と非日常」の話と重複するんですけど、最近の作品って、わりと話の序盤で主人公が「非日常」に飛ばされて、ドラえもんより不思議なキャラが、いっぱい出てきたりする。だけど藤子先生は日常の部分を「ちょっと尺としては長いんじゃないの?」というくらい、丁寧に描く。その段取りを絶対に端折らない。だから観る人の視線が、のび太やジャイアンといった登場人物の視線と同化していくんですね。あの段取りが無かったら、観る人はワクワクしないと思うんです。