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■ 9月30日から10月30日にかけて、寺をフィーチャーいたします。







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編集余談

関東方面での話になるが、今年の八月、西武・そごうの労働者が数十年ぶりにストライキをしたらしい。らしいと書くのは、私は間接的にしかその労使交渉運動を知らないからである。私は大阪の住民で、自分の生活圏にはとりあえず西武もそごうもない。隣町の高槻市には(JR高槻駅の近くに)西武百貨店があって、昔はそこで文庫本や冬物を買ったこともあったけど、もう何年も前にその店は阪急百貨店になった。だから「西武・そごうによるストライキ」は、個人的にあんまりピンとこない話で、ただ「そうか、いろいろ大変やなぁ」としか言いようがない。

なぜ彼らはストライキに及んだのか? 事の発端は、彼らの親会社であるセブン&アイ・ホールディングスが、そんなに採算がよろしくない(のだろう)西武・そごうを、よその会社に売却しようと企てたことだという。それを阻止しようと、抗議の意をこめて彼らはストライキに踏み切った。ただ、この交渉は結果的には決裂したようで、セブン&アイは予定通り売却の手続きを進め、翌九月、西武・そごうは米投資ファンド「フォートレス・インベストメント・グループ」の傘下に収まった。

セブン&アイや投資ファンドにとって、西武・そごうは売り買いの対象である「商品」でしかないのかもしれない。一方、西武やそごうで実際に働き続けてきた従業員にとっては、自分達の会社は「商品」ではなく、自分達が一日一日のほとんどを過ごす「生活の場」である。その「生活の場」を、どこの馬の骨とも知れない人達に白紙委任するなどは到底、承服できない。そういう齟齬はあったはずで、つまり一方は頭の中の算盤勘定に、もう一方は生き物としての生理的抵抗感に立脚している。双方のよって立つ立場が違う以上、彼らの話が噛み合う見通しは、そうそうないだろう(どちらの立場が良いとか悪いとかの善悪や優劣の話をしているわけではない、悪しからず)。

ここで会社論やM&A論に話を進める気はない。ただ私は「ストライキかぁ」とぼんやり思って、「五十年前にもこういうことはあったなぁ」と遠い世界に思考を馳せる。

五十年前、一九七三年の世界に何があったか? 覚えておられる方もいるかもしれない。オイルショックである。

オイルショックで日本のあちこちのスーパー店頭からトイレット・ペーパーが消えた。そういう話を聞いたことがある人は多くいるだろう。しかし、オイルショックが起きたからといって、なんでそうなるのかとなるとよく分からないし、もっと根源的に「そもそもなんだってオイルショックみたいなことが起きたんだ?」という疑問さえ、今となっては出てくるだろう。という所で、話は「なぜオイルショックは起きたのか」である。

結論から言えば、オイルショックの原因は「アラブ諸国が石油価格の値上げを図ってストライキをしたから」である。一九七三年十月初旬、シリアやエジプトなどアラブ諸国の軍隊が、仇敵イスラエル軍への奇襲攻撃を開始する。世にいう第四次中東戦争の幕開けである。この際、六年前(六七年)の第三次中東戦争で敗けたアラブ諸国は、イスラエルを支援する国には石油の販売を制限、あるいは停止すると発表。OPEC(石油輸出国機構)は原油価格を従来の約四倍に引き上げると公表した。これにより日本に石油危機(オイルショック)がもたらされたわけである。

「それのどこが値上げのためのストライキなんだ?」と疑問に思うかもしれないが、実はこの第四次中東戦争には勝者がいない。石油をタテにイスラエル軍を孤立させようとしたシリアやエジプトは結局敗けたし、勝ったイスラエル側も国力を著しく消耗した。この戦争以降、中東戦争が起こっていないのも無理はない。つまりこの戦争において、当事者達にどんな利得があったのかはよく分からないのである。

しかしこの戦争で利を得た国がなかったわけではない。石油の値上がりによりペルシア湾岸のアラブ産油国(シリアやサウジアラビアなど)はちゃっかりと儲けたし、風が吹けば桶屋がなんとやら方式で、日本の石油会社もそれなりに潤ったと聞く。ちなみにエジプトは別に産油国ではない。となると、第四次中東戦争の実相は「対イスラエル戦争を口実に石油をストライキして、アラブのオイルマン達が一儲けしようと企んだ」である可能性が高いのである。

こちらの方のストライキは成功して、アラブ産油国は一時的に儲けたものの、やがて産油国同士にも貧富の差がじわじわと出てきたのか、一九九一年には、中東産油国同士であるイラクとクウェートが争う湾岸戦争が勃発。一方、石油のほぼ百パーセントを輸入に頼る日本は、石油が減ったらどういう具合に困るのかを(短期的にではあるが)経験し、結果、国内に「省エネ」という考えが根づく。このことに関係してかどうかは不明だが、二十世紀末に向かって日本国内の石油価格はじりじりと下がっていった。

昔話はここまでで、ここから導き出せる教訓を西武・そごうに還元させれば、次のようになるだろう。ストライキをしても、交渉相手が困らなければあまり意味がない、と。一部地域のデパートが一日二日営業を停止しても、コンビニ業界は多分そんなに困らないだろうから。


(三坂陽平)