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■ 11月30日から12月30日にかけて、アニメ映画をフィーチャーします







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編集余談

現在、今月の「アニメ映画」編と、来年1月の「2000年のポップス」編の記事を同時進行でしたためている。こうなると頭の中では2000年だったり2019年だったり、はたまた1980年前後だったりと、行ったり来たりの状態になる。なるほど、「時間旅行」とはこういうものであろう。

しかし、2000年か━━改めて当時を振り返る。私は身長が伸び始めた高校2年生だった。この年の8月、初めて携帯電話を持った。もちろん親名義である。でも当時の我が家では誰もケイタイを持っていなかった。初めて手にしたケイタイは、まだ折り畳み式ではなく、画面は白黒で、アンテナも伸ばすタイプ、カメラも内蔵していない━━と、およそ当今のスマホとは似ても似つかぬガジェットであった。それが当たり前だったのである。それでも、初めてケイタイを持てたものだから、やたら嬉しくて、同級生と夜中までメールしたり、アドレス帳に友人の住所をこつこつ入力したりしていた。

さて、当時の今頃、つまり2000年の年末はどうしていたっけな、と思いを巡らせると、懐かしい記憶に当たる。私の2000年は、つまり20世紀は、同じクラスの女子への恋の告白で幕を閉じたのである。

ここで諸賢にはご賢察の通り、今回は個人的な話に終始している。社会的な話は一切出てこない。そうすると当然「おまえの思い出話なんて興味ない」とか「恋愛話なんて読みたくない」と言う人もおられよう。そういう人は読まなくて結構です。

で、2000年12月2日、土曜日である。今はどうなのか知らないが、当時は土曜も授業が午前中だけあった。いわゆる「半ドン」である。確かその日は期末試験だったんじゃないかと思うのだが、ともあれそれも終わり、さぁ曇天で寒い中さっさと帰ろう。そんなタイミングで、クラスに私とAさん(彼女は名字も名前もイニシャルがAだった)だけが残っていた。偶然ではない。私が告白するというので残っていてくれたのである。

このAさんに告白することになった経緯については、いろいろあった。でも、どうして私が告白したかについては、紙幅の関係もあり、ここでは語らない。結果だけ言えば、私は彼女に振られた。

私と彼女は同じクラスに属していたものの、会話したことはまるでなかった。だから当然、振られる。これは当たり前の話で、名前しか知らない、話したこともない男から告白されて、OKする女など、恐らくいない。そんなことは、私だって分かっていた。だからホッとしたようなガッカリしたような、不思議な気持ちで帰路についた。帰って昼食を食べ、その日ツタヤでレンタル開始になったGLAYの「ミッシング・ユー」を借りに行った。


この「なんなんだ」な話の後日談。Aさんとは、この告白をきっかけに、その後何度かメールを交わした。時期が時期だったので、年賀状も頂いた。とはいえ、そこからちゃんとした交際に発展したとかはもちろんなくて、何気ない話をするだけのままで冬が終わり、別々のクラスになってそれきりである。

Aさんからの年賀状は、今も実家で大事に保管している。2001年の干支であるヘビと、スヌーピーのスタンプが捺された、可愛らしい年賀状。


(三坂陽平)