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■ 5月31日から6月29日にかけて、平成の映画をフィーチャーします







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編集余談

新型コロナウイルスのパンデミックにより、多くの企業や店舗が赤字あるいは減益に苛まれている。むろん、オリンパスのようにこの騒動下で利益を上げたところもあるし、いつもと大して変わらないというところもあるはずである。たとえば農家など、新型コロナウイルスなど何処吹く風だったのではないかと思う。彼らの仕事は、人ではなく農作物を相手にすることが大半で、そうなるとウイルスよりも気候のほうが問題になるはずだし。

とはいえ、総体的に見て、このパンデミックで「仕事が減った」とか「赤字でやっていけない」というところが増加したことは間違いない。この苦境において政府や地方自治体は、企業や事業主あるいは失業者に向けたさまざまな経済的支援策をそれぞれに打ち出している。その趨勢に異議ありという有権者は、たぶんそんなにいないと思う。

情況はそんなもので、そこで理解に苦しむのが、小売店のビニール袋を課金式にするという、あの政策である。従来は無料が原則であったビニール袋を、環境に優しい(とされる)一部のビニール袋を除いて、原則有料にする。これは小売店で買い物する客を増やす「経済的支援」になるか、あるいは買い物客を減らし、さらなる減益を呼ぶ「厄病神」であるか。

取り敢えず、前者ではありえないと思う。

そもそもなぜビニール袋を有料化するのか? この政策を立案、導入した環境省と経済産業省によれば、「プラスチックごみを減らすため」だそうである。全国の海や山に、自然には分解されないプラスチックが大量に不法投棄されていて、環境省としてはこれを看過できない。また、プラスチックは石油から作られるが、石油の産出量にも限りがある以上、限りある天然資源をできるだけ大切にせねばならない、ともいう。

「ウソこけ」と思う。

まず「限りある天然資源をできるだけ大切にせねば」であるが、ビニール袋の大半は、本来、廃棄されるはずの廃油から作られるという。いわゆる廃材利用である。前世紀末葉では割り箸が「自然破壊の象徴」みたいに言われ、皆さんMY箸を携行しましょう的な動きがあった。結局、割り箸は実は廃材利用で、MY箸を買うより割り箸を使った方がエコだろ、ということであったが、あのときのデマゴギーの同工異曲ではないのかと思う。

プラスチックごみを減らしたいなら、まずは全国各所にゴミ箱をこまめに設置すればいい話である。なにしろ問題の根っこは「不法」投棄なのだから、合法的に投棄できる措置を採るのが先決であろう。そこらへんにゴミ箱がないからゴミをポイ捨てする輩がいるという側面はあるはずで、ゴミ箱を増やして、それでもポイ捨てする輩は厳罰に処せばいい。なぜビニール袋をポイ捨てしない普通の市民を十把一絡げに巻き込むのか?

こう書くと、以下の2タイプの反論が想定される。
(1)プラスチックは燃やすとダイオキシンが出るから、ゴミ箱を増設してもそう簡単にそのへんのゴミと一緒に処理できない。
(2)ゴミ箱を街角や公園に設置すると、テロリストが爆弾を仕掛けたりする恐れがあるから、国民の安全を考えれば採るべき策ではない。
とまぁ、こんなところであろう。

まず(1)である。プラスチックを燃やすとダイオキシンが出る。なるほど。ではそのダイオキシンは具体的にどれほど危険なのか? 実はそんなに危険ではないことが明らかになっている。ダイオキシンには200以上の種類があるが、その中で最も毒性の強いTCDDにしても、人間が1日に摂取できる最大量は100ピコグラム程度だという。ピコグラムとは1兆分の1グラムのことであるが、私には想像が及ばない小ささである。このTCDDを毎日100ピコグラムずつ摂取したとして、それが致死的な量に達するには、体重が50キロの人の場合で、820年以上かかるという。

ダイオキシンは人体に危険でもなんでもない。少なくとも、危険だという根拠はないのである。それなら、そのへんのゴミと一緒に回収して、燃やせばいいのではないか。

(2)は科学技術の話になる。というのも、ゴミ箱に爆弾を仕掛けられたらと煽る人の大半は、爆弾を「円筒形のダイナマイトを何本か束ねて、そこにタイマーをセットしたもの」みたいに想定しがちだからである。はっきり言って、あれは「昭和の爆弾」である。今時そんな爆弾、コントの小道具でしか使われないと思う。

かつてはかさばっていたパソコンがスマホになったように、技術の進歩は爆弾も小型化した。今では軍事用の高性能の火薬が数g、バッテリー数g、それに数gの信管があれば、ちょっとした公民館や一軒家くらいは吹き飛ばせる爆弾が容易にできあがる。それが具体的にどれほどの大きさかと言うと、ちょっといかつい指輪くらいのサイズである。

つまり、テロリストが本気で爆弾テロを仕掛けようとした場合、ゴミ箱が街角にあろうがなかろうが大差ないということである。本気で爆弾を仕掛けようと思えば、自動販売機の下、住宅街の側溝、放置された自転車のカゴなど、至るところに仕掛けられるのだから。

それなら、なぜ全国にゴミ箱をこまやかに配置しないのか? おそらく環境省にとって、環境保全などはどうでもいいのであろう。環境省は今後「環境税」の導入を画策しているから、ビニール袋の有料化はその布石である可能性を、私は疑っている。つまり、国民に「環境のためにカネ払うのは義務なんやで」を周知させるためのものであろう、と。

それは「コロナ禍」の中にある日本に必要なものか? コンビニでビニール袋が有料化されたら、今冬、中華まんやおでんを買う客の数は減るんじゃないのか? たこ焼き屋でビニール袋が有料となれば、たこ焼きを買う客の数は減るんじゃないのか? このコロナ騒動を受けて、飲食店にはテイクアウト式弁当を出しているところが多数あるが、その弁当を入れて持ち帰るビニール袋が有料となれば、客足はまた遠のくんじゃないのか?

環境省はともかく経産省が、この「コロナ禍」の中で、国内消費がさらに冷え込むであろう措置を採るというのは、国賊的行為ではないのか?

私は環境省を「特殊詐欺グループ」のようにしか思っていない。国民にデマを大々的に吹聴し、自分達の利益のために、国民の財布からカネをもぎとろうというのだから、そう表現してさほどおかしくはないと思う。しかしそういった個人的心象を差し置いても、多くの人がただでさえ経済的困窮を余儀なくされているこの状況下では、国民経済にネガティヴな効果しか期待できないこの愚策は施行されるべきではないと思う。「おまえら公務員1回辞めて飲食店なりコンビニなり1年間経営してみろ」とまでは言わないけど。


(三坂陽平)