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■ 8月31日から9月29日にかけて、「日本のアイス」をフィーチャーします







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編集余談

菅内閣が発足したらしいですね。「らしい」と書くのは、新聞やテレビを見る習慣が私にはないからです。そもそも自分の生活圏内に「内閣」なんて存在がないし。だから、どこか遠い国で起きた話のようにしか響かない。もちろん、だからといって「国政に無関心でいいのだ」ということではありませんが、積極的に強い関心を持つ理由も、これといって特にないのです。

関心が薄い最たる理由は、私にとって菅内閣が、「安倍晋三がもう一回首相に返り咲くまでの時間稼ぎでしょ」としか映らないからですね。

長い間、安倍晋三は首相の座に執着しました。おそらく2010年代は、ほぼ「安倍政権の時代」として人々に記憶されているはずです。しかし2020年に、新型コロナウイルスのパンデミックが起こります。ウイルスは内閣に忖度なんかしませんから、安倍政権の講じた対策は上手く行かず、政権の無能ぶりは「安っぽい布マスクが2枚配布される」という形で、広く国民に知られるところとなりました。当然、支持率は急落。それなら、と一旦退却し、ほとぼりが冷めた頃にまた首相に返り咲こうというプランは、そこまで奇想天外なものではないはずです。

その「ほとぼりが冷める」までのピンチヒッターである菅政権の役割は、あくまでも時間稼ぎです。そう考えると、彼らが一番やってはならないのは、国民から「なんだ、安倍より菅のほうが良いじゃん」と評価されることでしょう。ロジックとしてはそうなります。菅政権は「安倍の再登板を待ち望む声」を国民の間に上げさせなければ意味がない。

だからして(菅政権がいつまで続くのか知りませんが)この政権下で北朝鮮の拉致被害者が帰ってくることはないでしょうし、安倍政権がロシアに事実上献上した北方領土が日本のものになることも、まずないでしょう。もちろん、消費税は上がることはあっても下がることはないでしょうし、安倍にかけられた様々な疑惑が追求されることも(少なくとも政権主導という形では)ないだろうと思います。

そんな内閣に強い関心を持てというほうが無理難題ではないでしょうか。

だいたい菅がそこまで有能な政治家なら、安倍を斥けてとっくに首相になっていてもおかしくないでしょう。安倍晋三が「首相としての歴代最長在任記録」を樹立したのは、「自民党には安倍よりもマシな政治家がいない」からで、だから菅が首相として有力視されたのは、あくまで「安倍が体調不良で退く」の後だったのです。

安倍晋三の体調不良は、別に安倍の主治医が公式会見を開いたわけでもなければ、彼が正規の診断書を大々的に開示したわけでもない。単に「自民党がそう発表しただけ」ですから、「それを真に受けるのもなぁ」と思います。

バイトの大学生が、出勤当日になって「すんません、熱があるんで休みたいんですが」と職場に電話してきたとして、それを真に受ける人は普段ならいないでしょう(コロナ禍下の現状ではまた別でしょうが)。担当者は「あ、わかりました、お大事にして下さい」と淡々と言って、電話を切り、シフトを急いで組み直す。職場にとっては、バイトの休む理由よりシフトの組み換えのほうが重要案件だからです。

つまり、私達の社会では「理由が本当かどうか」はそこまで問題にならないということです。そんなことを気にしても、多くの場合、事実はヤブの中です。仮に安倍晋三が本当に病気だとして、それが国民の生活にいったいどれくらいの影響が直接的にあるというのか? おそらくほぼ皆無でしょう。だから「安倍、病気で首相辞めるってよ」と報じられても、多くの国民は、「あらそう、大変ね」としか言いようがない。

確かなことは、安倍晋三が何かしらの理由をつけて「首相を辞す」ということだけです。第一次安倍政権のときもそうでした。それを「首相とていやしくも国家公務員なのだから、そういう態度は不誠実だ」と言い立てる人もいるとは思いますし、それは事実なのですが、それでも「国民の生活に影響がない」に変わりはないんですよね。

「あんたは安倍が首相に返り咲くのを期待しているのか」と問う向きもあるかも知れませんが、別に期待していません。2000年代の後半に、小泉から安倍、福田、麻生と首相がころころ替わりましたが、あれは「自民党にはもうまともな人材はいない」の証明でしかなかった。だから2009年には、当時の民主党への政権交代が起こったのです。

「もう自民党はダメだ」はあの時点で明白で、それなら自民党に期待するのは無理というものです。私には、自民党に期待する人がいるというのがそもそもよくわからない。もちろん、自民党から派生した維新の会もアウトです。彼らは「自民党の劣化コピー」でしかない。自民党から派生した旧民主党が、蓋を開けてみれば結局「小沢一郎の政党」でしかなかったように。

「あれもダメ、これもダメとなりゃ、一体どうすりゃいいんだ」と短気を起こす向きもありましょうが、どうすればいいかは国民一人ひとりが真剣に考えなきゃいけないんじゃないですかね。考えることを放棄したから、その隙を突く形で「2012年に自民党が与党に返り咲いて好き勝手をした」という側面は充分にあると思うんですけどね。


(三坂陽平)