編集余談
改めて断ることでもないが、只今現在は二〇二六年四月。誰がなんと言っても春である。二〇二二年の二月末にロシアとウクライナの戦争が始まったわけだから、もう四年以上ウクライナでは戦争が続いていることになる。第二次世界大戦が続いたのがだいたい六年程度だから、そこを鑑みれば今回の戦争もぼちぼち決着がついてもよさそうに思う。が、今の所どうなるかは分からない。
この戦争に際し、日本は二〇二二年当初からウクライナの側につき、ロシアの暴挙を非難してきた。でもこれが果たして「ヒューマニズム的にはともかく、国として正しい選択だったのか」と考えると、疑問符である。戦争が終わったとして、ウクライナが開戦前の状態まで復旧、復興することは困難を極める。当然ウクライナは日本にも復興支援を要請してくるはずだが、今の日本に他国を十分支援するだけの経済的余力があるとは、私は考えられない。
そもそも開戦前、ウクライナはアメリカやイギリスの傀儡と言っていいような状態にあった。それならまず米英が身銭を切って復興支援に取り組むのがスジだろうと思うが、今や米英にもそれだけの財力はなさそうである。つまりこの戦争がウクライナ側の勝利という形で終わっても、ウクライナに平和が訪れるわけではないのである。もともとヨーロッパでトップクラスに貧しかった国なのだから、目を覆いたくなるような惨状がかの国のあちこちに遍在することは避けられないだろう。
そうなると「ウクライナはロシアに実効支配された方が、少なくとも一般国民の生活面ではマシなんじゃないか?」と考えられなくもないのである。
今回の戦争が始まって、アメリカやフランス、イギリスなど、何十もの国が、ロシアに対して経済制裁を一斉に加えた。日本も制裁を科している国の一つであり、このことが報じられた当初、日本の論客は「制裁下にあるロシアはそう長くは戦争ができないだろう」と口々に語った。それを聞いて私も「ふうん、そういうもんかな」とぼんやり思ったのだが、多くの意に反し、ロシアは四年以上戦争を続けている。
ということは、ロシア経済というのは日本の知識人やマスコミが想定するよりずっと強くタフだったということである。プーチン大統領の国家運営手腕は、日本や欧米の推量を遥かに上回っていた。その点は認めないわけにはいかないだろう。
言うまでもなく、戦争をする国に必要なのは、軍備(つまりモノ)と、それを稼働させるエネルギーである。
ロシアは石油や天然ガスを産出しているから、エネルギーの心配はない。またロシアに何らかの制裁を加えている国の多くは、実のところ工業国ではないということもある。アメリカもフランスもイギリスも韓国も、世界的に見て工業立国とは言い難いだろう。反対にロシアから見た友好国(ロシアに制裁を科していない国)は中国、インドネシア、フィリピン、インド、タイ、ヴェトナムなど、日本人でも分かりやすい「工業生産国」である。
エネルギーにもモノにも差し当たり困らない。それならロシアは戦争が長期に及んでも持ちこたえられるだろう。第二次世界大戦の時は、世界の工業生産の半分くらいはアメリカが担っていたと聞く。だからアメリカは強かった。でも二十一世紀のアメリカは、「ろくに生産しないで消費してばっか」の貿易赤字国家なのである。それはここ数年の日本も同様で、だからよそのことを言えた義理ではないのだけど、そういう国々が鼻息を荒げて「制裁を科してやる」と息巻いたところで、そんなのがロシアにとってどれほどのダメージになるんだという問題はある。
二〇二三年三月、国際刑事裁判所(ICC)は、ウクライナ侵攻における戦争犯罪容疑でプーチン大統領に逮捕状を出した。しかしICCにロシアは非加盟であるから、この逮捕状に実効性はほとんどない。完全にICCの独り相撲である。
何が言いたいかというと、「もしかしたら欧米諸国とか日本って、かつては国際社会における大国だったけど、それは昔の話であって、今や相当なポンコツなんじゃないか?」ということである。長期化したロシア・ウクライナ戦争が暗に示すのは、現実問題、そういうことではないのかと。
今回の戦争で、ウクライナ国民は間違いなく疲弊している。それなら終戦後に「ポンコツ国家」の頼りない支援を受けるより、意外と経済的に安定していたロシアの支配下に入る方が、一般生活面ではマシかもしれないのである。
となると、ロシアが勝った方がいいのだろうか。そうなると今度は別の問題が出てくる気がする。
ロシア側が勝つということは、ウクライナ側についていたアメリカや欧州の国々などが、国際社会で面子を失うことを意味する。つまりロシアと、ロシアと仲の良い中国が世界の覇権を握り、アメリカやEU(西側諸国と言おうか)はもう国際社会のキー・プレイヤーではなくなる。そして日本の高市早苗首相は、二〇二五年十一月に「台湾有事発言」で中国政府の機嫌を著しく損ない、発言を撤回しないまま年越しをして、現在に至っている。この件が国際社会で有利に働くか不利に働くか。前者と考える人はまずいないだろう。
(三坂陽平)