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■ 5月31日から6月29日にかけて、「日本のカバン」をフィーチャーします。







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編集余談

二〇二六年五月二十三日、二つのニュースが私の耳目に飛び込んできた。この二つはそれぞれにスタンドアローンな事象であり、一見すると相互関係はなさそうに見える(かもしれない)。でも実は同一の根っこで繋がっていると思うので、今回俎上にあげる次第である。

一つは自民党(というより高市早苗首相)が強くこだわっているとされる国旗損壊罪についてである。

「自民党は22日、日本国旗を傷つける行為を処罰する『日本国国章損壊罪』創設に向けたプロジェクトチーム(PT)の会合で、法案の骨子案について大筋で了承した」
(産経新聞、2026年5月23日)

国旗損壊罪とは、平たく言うと「日本国旗を壊したり潰したりしたら国が正式に処罰すっからな」という法案である。もちろん私はこの法案に対し、好印象を持っていない。率直に言って「バカじゃねぇの」と思っている。

というのも、「これって既存の器物損壊罪で済む話だろ」と思うからである。

改めて言うまでもないが、一応断っておくと、刑法第二六一条は以下のように定めている。「他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する」と。つまり国旗に限らず、リュックだろうと三輪車だろうと、他人のモノを無断で壊したら、それは(少なくとも日本国内においては)立派な犯罪なのである。当たり前の話だけれど。

器物損壊罪が既に制定されている以上、自民党が「国旗損壊罪」成立を目指す理由は一つしかない。それは「国旗とは侵されざる聖なるアイテムである」と正式に位置づけることである。つまり「印象操作」である。それ以外に、この法案を成立させるメリットはない。少なくとも、この法案が成立した暁に国民がなんらかの実利を得ることは、全くないのだから。

国旗など、ただの旗である。即物的に言えば、単なる布きれと棒きれである。それでも他人の所有物であれば、壊してはならない。たとえば祝日に、自宅の玄関に国旗を飾っている邸宅があったとする。そしてあなたは(なぜかしら)日本国旗が気に入らないとする。あなたはその邸宅の住人ではないし、その家とはこれという関わりもないとしよう。その場合、あなたがいくら日本国旗を嫌悪していても、その邸宅の住人に断りなくその国旗を壊したり潰したりしたら、罪に問われるのである。言い換えれば、その国旗があなたの所有物である場合、折ろうが壊そうが自由である。当たり前だけれども。

その自由を認めない(少なくともその自由を認めていると考えるに足る証拠がない)という点で、国旗損壊罪は「国民の思想をコントロールするツール」であるとしか思えない。

もちろん、これくらいのことは自民党と対立する野党の政治家だって分かっているはずである。だからなのか、自民党と対立する(と目される)野党の印象を悪くする事案も出てきた。それが二つ目のニュースである。

「文部科学省は22日、同校が実施した平和教育は政治的活動を禁じた教育基本法に違反するとの見解を示した(略)文科省は同日付で(略)適切な教育活動を行うよう指導通知を出した」
(産経新聞、2026年5月23日)

ここでいう「同校」とは京都にある同志社国際高校のことである。今年の三月半ば、沖縄の辺野古沖で、米軍基地移設工事への抗議活動にも使用される小型船二隻が転覆した。この船には研修旅行だか修学旅行だかで同志社国際高校の二年生十八名と乗組員三名が乗船していて、そのうち女子生徒と乗組員の男性(牧師だったらしい)が一名ずつ落命した。

痛ましい海難事故である。亡くなった人達はもちろん、ご遺族もやりきれない思いだろう。心中察して余りある。

しかしこの話はあくまで「交通事故の話」である。つまり、たとえばマイクロバスが事故を起こして乗客や運転手が亡くなったという話と、基本的には大差ない。だから報道的には、話は「危険運転があったかどうか」に終始するはずである。ところが不可解なことに、この事故は「思想」を絡めた形で大々的に報じられた。

この二隻の船は基地移設反対の運動に使われていて、沖縄の「オール沖縄」という政治団体が関係している。そしてオール沖縄は社民党と関係がある。と、こういう事情があってのことだろう、社民党と思想的に対立する日本保守党の百田尚樹議員が、ユーチューブの生配信番組で乗船していた学生の思想を問題にするという暴挙に出た。これに便乗して、ネットではネトウヨ勢があることないことを次々にネットに乗せる。たとえばツイッター(現X)には、ヘリ基地反対協議会の記者会見の様子を加工した画像が流れたと、琉球新報が報じている(2026年5月9日)。画像は、同協議会が高慢な態度を取っているように加工されていて、これも畢竟は「印象操作」である。

そこから論点はずれにずれて、『デイリー新潮』が転覆した船の船長は共産党役員だったと報じるなど、海難事故が「思想上の問題」として扱われるようになった。五月半ばには、共産党が謝罪を表明するに至り、挙句には文部科学省が同志社国際高校を「指導」するという、海難事故とは全然関係ない方向へと話が転がった。それが先のニュースである。

この海難事故に際して、警察庁、海上保安庁、国土交通省あたりが出てくるというなら、話は分かる。海での交通事故なんだから。しかし文部科学省は海難事故とは全く無関係の役所である。亡くなった二人は、それぞれが持っていた思想に殉じたわけではないし、共産党や社民党が二人を殺したわけでもない。あくまで乗っていた船がたまたま転覆し、運が悪く亡くなったのである。事故死した人の思想を問題視するなら、これまでに事故死した人達の思想を遡って全部チェックしないと辻褄が合わなくなるが、文部科学省はそれをするつもりなのだろうか。

文科省の大臣は(もちろん)自民党の議員である。だから私は、これら二つの報道から「自民党がいよいよ本腰を入れて国民の思想をコントロールしようとしてんだな」という同一の根っこを推量するのである。

念のために言うと、私は高市首相や文科相が国粋主義にどれだけ狂奔しても、それがプライベートでなら問題はないと思っている。それこそ「思想の自由」である。でも公の場で自分の思想に走るのは、まともな公務員のすることではない。それこそ「教育的」ではない。それよりも物価高やエネルギー問題への対策をさっさと全力でしろよ、と一国民としては思う。国旗が壊されても誰も死なないが、物価高騰やエネルギー問題は人の生死にかかわる話なんだから。


(三坂陽平)