編集余談
二〇二六年二月八日、列島各地を厳しい寒波が襲う中、衆院選が行われた。結果は自民党の圧勝で、これは六〇パーセント未満という投票率を考えれば当然の結果だから、特に驚くことではない(今回の投票率は約五五・七パーセントだった)。
投票率が五〇パーセント台という低水準であった場合、政権与党である自民党が野党を下して大勝する。これは過去の衆院選を見る限り明らかで、それゆえ野党は「いかにして投票率を向上させるか」を腐心せねばならないし、与党は「いかにして投票所に行く有権者の数を減らすか」を腐心する。別にこれは私の創見ではなくて、過去に日本の論客が何回も口にしてきた話である。
自民党から民主党への政権交代があった〇九年の国政選挙の投票率は、総務省の統計によると約六九・三パーセント。自民党が単独で議席の過半数を獲得できず、結党以降初めて下野することになった九三年の投票率は約六七・三。もちろん過去には七〇パーセント超の投票率で自民党が大勝したこともあったのだが、過去のデータが暗示する唯一確かなことは、投票率が六〇パーセントを下回ると野党(非自民党)に勝ち目はないということである。ちなみに、民主党から自民党への政権交代が起きた二〇一二年の国政選挙の投票率は五九・三パーセントだった。
「確かに投票率が低いということは国全体としては問題なんだろうけど、でもそれって国民の半分くらいは何があっても自民党を支持するってことだろ?」と思う人もいるだろう。が、話はもう少し複雑だと思う。
投票率が低いということは、多くの人がわざわざ投票所に足を運んでまで投票したいと思えないということである。それは必ずしも「政治に無関心だから」ではない。
選挙があることは様々な方途で告知される。テレビやネットのコマーシャル、自治体の広報誌、町角のポスター、ニュースなど、あらゆるメディアが選挙の実施を繰り返し知らせてくる。人々は「そうか、選挙か」と知らされ、大なり小なり注意を払いはするものの、どうにも投票所まで足を運ぶ気になれない。私見を言わせてもらうと、その最大の理由は「今回の選挙は何を問題にして、何を争点とした選挙なのか」が不明瞭だからである。選挙というくらいだから有権者は候補者の中から「選ぶ」のだけど、いったい何を基準にして「選ぶ」べきなのか、それが分からない。
だから投票所に行かないという人もいる一方、一応国民の権利であり義務でもあるからと律儀に投票所に行く人もいる。いるのだけど、そういう人も「何が問題なのかが分からない」のは同じだから、じゃ取り敢えず現状維持でいいんじゃないのということで、与党だとか現職の政治家に票を投じる。「投票率が低い選挙で自民党が勝つ」はこうして起こるのだと私は思っている。
今回の選挙は「大義なき解散による身勝手な選挙」と言われ、確かにその通りではあるのだけど、明確な理由がないからこそ、「何を問題にした選挙なのかが有権者に分からない」ということはあって、だからこそ投票率が低水準にもなり、自民党が大勝することにもなった。そういうことはあると思う。
こういう「大義なき解散→総選挙」は、前例がないわけではない。安倍晋三も小泉純一郎も使ってきた古い手である。だからその成り立ちからして「自民党の分家」にあたる維新の会も、今回の衆院選と同じタイミングで、唐突に大阪府知事選と大阪市長選を実施した。そうすれば投票率は低水準となり、現職の知事と市長がほぼ確実に再選されることが分かっていたからである。
要するに「ドサクサにまぎれて選挙をすれば現職側が勝つ」のであり、問題はそういう「ドサクサにまぎれて選挙に持ち込む」を防止する手立てがないことであるが、そういう手立ては構造的に講じられにくい気もする。だって「選挙で自分達が高確率で勝てる裏技を、どこの現職政治家が進んで封じるのか?」という話だから。
今年(二〇二六)の地上波の選挙特番で、高市が司会の太田光が発した質問が気に入らず、意地悪やなぁと返して、これを受けて(いつものことという気がするが)ネット上では太田を叩く動きがあったらしい。太田は特に変な質問はしていない。自民党が選挙の前に掲げた公約を「達成できなかった場合に高市としてはどうするつもりか?」と訊いただけである。自民党には過去に公約を反故にしてきた前科が数えきれないくらいあるのだから、有権者としてそこを訊ねるのは不思議でもなんでもない。これに対し、高市は「意地悪やなぁ」と返し、続けて「最初からできないと決めつけないで」と一蹴した。そこで時間切れで、つまりは有権者との話し合いから逃げたわけである。
比喩的に言うなら、中学校の進路相談で先生が生徒に「第一志望に落ちた場合はどうするのか」を訊いて、当の中学生が「最初からできないと決めつけないで」と面談を打ち切って外に退出したようなものである。これで先生側が悪いのだとしたら、学校の進路相談なんか成り立たなくなるだろう。高市の返しは質疑応答としては質問者への回答になっていないのだから、少なくとも高市に弁才はないと見ていい事例であるし、それを地上波で浮き彫りにしたことが、太田の功績と言えるかもしれないけれども。
今回の高市の対応は、「彼女は自分にとって都合の悪い有権者とは、まともに取り合わない」を意味するものでもあり得て、それは国民の納めた税金で禄を食む代議士としては最低のありようなのだけど━━しかもその上弁才がないとすれば政治家として不適格甚だしいと思うけども━━それでも「何が問題なのかが分からない」という有権者もいるのかもしれない。
(三坂陽平)