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■ 1月31日から2月27日にかけて、「祭り」をフィーチャーいたします。







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編集余談

過日、関東圏の転入超過がちょっとした話題になったらしい。総務省統計局が都道府県別の「引っ越してきた人の数から出ていった人の数を引いた数字」を発表したのだが、埼玉、東京、神奈川が一万人以上の「転入超過」だったのである。最も転入数が多かったのが東京で、数は約四万人。ちなみに私が暮らす大阪府は数千の「転入超過」で、多くの道府県は「転出超過」だった。

三年前に「コロナ禍」が始まった頃、人口一極集中の過密状態は感染対策的によろしくないということで、東京から他県に拠点を移す企業や個人がちらほら見られた。そこで「この流れは今後も続くだろう」との見通しを立てた論客もいた。ところが東京が転入超過という結果が出たので、ネット界隈では、鬼の首でも獲ったように「何年か前にああ予測したヤツら、ざまぁ」と言い立てる手合いがいたという。

でもこの統計局の結果って、そんなにどうこう騒ぎ立てるようなものなんだろうか? 個人的には、特に驚くべきポイントはないように思うのだけど。

引っ越すとなれば、多くは進学や就職(または転職や転勤)に際してのことになるだろう。それなら教育施設や企業本社が多くある東京に、ないしは東京の通勤圏(通学圏)である神奈川や埼玉に、転入する人が多いのは極めてリーズナブルである。確かに「コロナ禍」の初期には、リモート・ワークがやたらと持ち上げられたけれど、学業や仕事のなにもかもをリモートでこなせるはずもない。あれはあくまで急場凌ぎの一手だったのだと思う。

都市部から地方に拠点を移す流れが今も続いているかどうか。そこはなんとも分からない。統計局が公表したのは、あくまでも「引っ越してきた人の数から出ていった人の数を引いた数字」だからである。たとえば、東京から約四万人の人がよそへ転出しても、東京の学校や会社に就くためにと転入する人とその連れ(共に暮らす恋人や家族など)の総数が八万人ほどいれば、上記の結果になるのだし。

社会が動いている以上、その地域に引っ越してくる世帯もあれば出ていく世帯もある。そんなのは当然といえば当然で、そこに一喜一憂して騒ぎ立てても、しかたない気がする。テレビや雑誌では「住みやすい町ランキング」的な企画が頻出すると聞くけれど、住みやすいから転入するとか、住みにくいから転出するとか、そういう原理で動く人ばかりでもないと思う。進学や就職みたいな散文的、実際的な理由で動く人だって、相当数いるはずである。

ちなみに、同統計からは見えてこないが、関東圏も総人口は減少傾向にある。

統計局は四月に都道府県別の人口推移も発表していて、現時点(二月)で昨年(二〇二二年)の結果はまだ分からないが、一昨年(二〇二一年)の結果なら分かっている。人口増加が見られたのは沖縄県のみで、他の都道府県はすべて人口減であった。もちろん、東京や神奈川も。だから都市部から地方に拠点を移す流れが今も続いているかどうかは判じない。「流れ」などの結果は、早くても十年後くらいにしか、どうとも言えない気がする。

ところで、私が言った「一喜一憂してもしかたない」を、都市圏に住む人間のお気楽な意見に過ぎないと一蹴する人もいるかもしれない。地方の人にとっては、当地の人口減少に歯止めがかからないのに、よそに転出してしまう住民が年に何百、何千といる現実は、なかなかにクリティカルな難局なんです。そう渋い顔で愁訴する地方民とて、いるかもしれないから。

でも私には、この「人口減=地域の危機」論が、実の所あまり腑に落ちない。もちろん極度の過疎化は問題だろうが、大半の地域では、今の人口より住民が少ない時代はあったんじゃないかと思うからである。日本の総人口が1億人を超えたのは1967年である。ということは、多くの地域ではそれ以前(大正期あるいは昭和初期)は、今の人口と同程度か、今より少なかったか、どちらかではないかと推測する。そしてそういう状況でも、地域共同体はそれなりに成り立っていたはずである。

昨今の日本社会で採用されているシステムには、昭和中期に立ちあがったものが多い。西暦で言えば1950~70年代。つまりそれは、人口増加を前提としたシステムなのである。だから人口が減少に転じると、ほころびがそこかしこに生じて、大小さまざまな困難が出てくる。換言すれば、ここ数十年くらい使ってきたシステムを、今後もそのまま適用し続けようというのは、基本的に無理なのである。

「じゃあどうしろというのか?」と詰問されても、私にはなんとも言いようがない。擁する問題や条件は、地域によって千差万別だからである。だから地域それぞれが個々に、自主的に考えていくしか方途はないだろう。

個人的に思うのは、人口減少を危機と捉えて「人口を増やさねば」的な言論を声高に立てる人の話には、眉に唾をつけたほうがいいんじゃないかということである。たとえば、大型台風が上陸しそうだから台風に巨大な扇風機で逆風を当てて追い払おうと主張する人がいたとして、その人を信用はしないだろう。それと同じである。それよりかは、人口減少を「人為ではどうにもならない現象」と考えて、人口減少を前提に今後どうするかの方策を練るほうが、現実的かつ建設的な気がする。


(三坂陽平)