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グローバル
新潟県燕市発、全身ステンレス製包丁

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新潟県の中央部に燕市(つばめし)という町がある。近年は県庁所在地である新潟市に次ぐ人口密度だというから、おそらく同県の中では比較的「都会」の位置づけにあるのだろう。洋食器の生産で名高い、いわゆる工業都市で、地理的には新潟市や長岡市の隣町にあたる。

本稿の主題「グローバル」の製造元である吉田金属工業も、ご多分に漏れず、同市でステンレス製洋食器メーカーとして一九五四年、産声を上げた。同社が一九八三年にスタートさせた、全身ステンレス製包丁のブランドが「グローバル」である。

ちなみに戦後の新潟の行政史に徴するに、燕町、松長村、小池村、小中川村の合併により「燕市」が発足したのが一九五四年とある。町村合併の勢いで同社が設立された、などはあったかもしれない。もちろん、四〇年代後半のベビーブームによる人口急増を奇貨として、景気が全体的に上向いていたなどの要素もあったと思うが。





「GLOBAL 三徳 刃渡り 18 cm」

型番:G-46/刃渡り:180 mm
本体重量:約175 g/価格:税込9,900円



ここではもう少し時間を遡って話を進めてみたい。燕市における金属加工業の歴史は江戸時代初期に端を発する。十七世紀初頭。そこはどういった時代か。徳川幕府が国内を平定し、何百年と続いた「いつ内戦が起きるか分からない不安定な世相」が、やっとのことで落ち着いた時代である。農民や漁民をはじめとする一般庶民も、安心して毎日を過ごせるようになった。そうなると余暇的な時間ができるもので、副業を営む庶民も出てくる。このへんの事情は現代と大して変わらないだろう。

ただ、治安が良くなったといっても、自然災害はどうしようもない。日本では古来、台風による風水害や、地震は至ってあたりまえにあった。付言すると、明治に入るまで日本に保険制度はない。であれば、「副業を営む」は、有事に備えたリスクヘッジでもありえたろう。たとえば農民なら、災害や天候不順で作物が不出来であっても、別口の収入源があれば急場を凌ぎやすくなる。

かくして、当地では和クギ(クギの一種)鍛冶が庶民の副業として根付いた。幸か不幸か、江戸時代の首都の一つである江戸は、火事が名物といわれるほど火災が多発する地域だった。歴史学者の吉原健一郎によると、十七世紀の百年間で、江戸には二六〇件以上の火災があったという。当然、再建のために大工はヒマなしになり、和クギの受注もひっきりなしになる。現今の燕市あたりで金属加工が繁盛したのは、こういう事情だったらしい。

ただし、これはあくまでクギや金属加工の話である。ステンレスではない。ステンレスは、鉄にクロームをある程度含ませた特殊鋼であり、世界的に実用化されたのは二十世紀序盤といわれる。つまりステンレスとは「二十世紀を象徴するもの」なのである。

ここで話は、吉田金属工業が設立された二十世紀に戻ってくる。

同社が設立された一九五〇年代とは、日本国内でステンレス生産量が爆発的に伸びた時代である。その後も金属加工業の成長は続き、一九七〇年には全世界の生産量のうち、約三十三パーセントを日本が占め、ステンレス生産量世界一になった(二十一世紀に入ると、生産量世界一は中国になる)。

何が言いたいかといえば、「金属加工の歴史がある町で、二十世紀半ばに創業した金属加工会社がステンレスを扱うのは、時代の趨勢であり必然だった」ということである。そして日本がステンレスの生産量で世界一だった八〇年代、彼らは全身ステンレスの包丁をリリースし、そのブランドに「グローバル」と冠した。おまけに時代は、経済バブルに突入する寸前である。吉田金属工業の気運がひたすら上向きであったことは、想像に難くない。

と、ここまでが「グローバル」の説明にあたる。ブランドとして、また包丁としてどうかというのは、使い手それぞれの判断に委ねたい。

個人的には、こういった「全身ステンレス」系の包丁を、進んで持ちたいとは思わない。理由は、冬場には持ち手がひんやりするからである。冬のキッチンでは、しばしば手がかじかむ。そんな中、何が悲しくてわざわざ冷たい包丁を握らにゃならんのか。言い換えれば、こうした包丁は暖房完備の「豊かさ」を前提にしている。思えば「グローバル」が世に出た一九八三年には、豊かさのシンボルであるような東京ディズニーランドが開園した。平仄が合っているといえば合っている話であろう。


GLOBAL包丁の吉田金属工業株式会社







 

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