今回取り上げるのは、1989年に公開された、『アンパンマン』劇場版の処女作『それいけ!アンパンマン キラキラ星の涙』である。この作品は、全劇場作品中、もっとも長尺でもっとも『アンパンマン』の魅力に忠実な映画なのだ。
日本に生まれて、おそらく最初に接するアニメ。それがやなせたかしによる『アンパンマン』であろう。主人公からして、顔がアンパンという奇怪な設定からなるこの劇中世界では、他にも頭部が食品で出来ている魅力的なキャラクターが数多く描かれている。
しかしもっとも魅力的なキャラクターといえば、食品ではなくて食品の敵。そう、バイキンをそのままキャラクター化した「ばいきんまん」(モチーフはハエであるが)であろう。彼がいるおかげで、『アンパンマン』の世界には明暗が生まれ、話にも序破急が付けやすく、また、分かりやすくなったといえる。『それいけ!アンパンマン キラキラ星の涙』はそのことを、一番雄弁に物語る映画なのだ。
『それいけ!アンパンマン キラキラ星の涙』には、当然プロットなるものが存在するが、そんなものはどうでもよろしい。ばいきんまん。彼の魅力を余すところなく、正しく描いているというだけで、この映画の価値は大きいものとなっているのだ。
彼はアンパンマンが、どういうわけか大嫌いである。天敵といって良いだろう。アンパンマンを倒すためならいかなる努力もいとわない、いかなる苦難も受け入れる。その姿勢には、善悪を越えたところでのカリスマ性すら漂う。
反面、たかだか菌に過ぎないためか、かなり間抜けでもある。劇中でもばいきんまんが騙されるシーンがあるが、何ともあっけなく騙される。
とまれ、それもこれもすべて憎きアンパンマンを倒すためではないか。ばいきんまんというと、仲間のドキンちゃんの尻に敷かれっぱなしのイメージが一般的だが、この作品では、アンパンマン打倒に燃えるばいきんまんは彼女すら突き放す。どうしようもなく格好良い。愛する者すら蔑ろにせねばならぬほどの、彼にとっての正念場がここでは描かれているのだ。