なんでもそうですが、人工物には当然「作り手」が存在します。たとえそれが肉眼では把握できない、たとえば文化だとかソフトウェアだとかにおいても、造られたモノである以上「作り手」「祖」は存在するわけです。
日本のアニメーション文化においても同様です。戦前より日本のアニメーション業界に多大な貢献をし、「日本アニメの父」と呼ばれた監督がかつて存在しました。政岡憲三、その人です。
彼は、1937年に日本動画研究所を設立したり(そもそもアニメーションを「動画」と訳したのは、政岡と言われています)、戦後には日本動画株式会社(後の東映アニメーション)を設立したり、日本のアニメ史は彼ナシでは語れないほどの、大いなる足跡を残してきました。日本でセル画を用いてアニメを制作するスタイル(通称セル・アニメーション)を確立させたのも、政岡憲三です。
その政岡による、日本初のフル・セル・アニメーションが『くもとちゅうりっぷ』(1943)です。まあ、「蜘蛛とチューリップ」なのですが、平仮名で記されたタイトルが示すところは、子供向けのファンタジーである、ということです。英語が敵性語とされていた戦時中の作品ですから、そこはムリからぬところ。しかし、決してプロパガンダを目的とした映画にはなっていません。
上映時間は16分ほどなのですが、用いた動画数は約2万枚。主人公である蜘蛛やてんとう虫の声優も歌手が務めたミュージカル作品であることから、和製ディズニーを志向したものには間違いありません。のみならず、当時の戦争状況を捉えた風刺を投入した作りであったり、その情景描写においては独特の叙情性を表現していたり、つまるところは模倣より一歩進んで「発展」の兆候を示したと言えるでしょう。
そのため、現代の子供が観て単純に面白いかどうかは不透明です。その反面、当時の時代性と日本アニメ界の志を正しく映し出してもいます。日本にアニメが文化として根付く、その可能性を築いた貴重な作品なのです。