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『銀河鉄道の夜』
銀河をめぐる少年達の物語

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二〇二一年、当時、東大大学院で医学系研究科の教授職に就いていた宮崎徹という免疫学者が、ネコの腎臓病治療に関する研究の発表をし、これがちょっとした話題になった。彼の研究を私なりにかみくだいて言うと、ネコは先天的に腎臓病になりやすいという。その主な原因は、AIM(アポトーシス・インヒビッター・オブ・マクロフェージ)というタンパク質が、ネコの体内でうまく機能しないことにある。人間なら、腎臓の尿細管にゴミがたまると、このAIMがゴミに付着し、白血球がそれを目印にゴミを食べてくれる。だからゴミがたまらない。しかしネコの体内ではAIMがうまく働かず、老廃物がたまって腎臓病になりやすい。それでネコはおおむね十代で死ぬのだとか。

宮崎の研究は、ネコの体内でAIMを賦活してネコの延命を図ろうというものだった。二一年にこの情報がネットに流れた途端、東大に寄付が殺到し、年末までに約二億円が集まったという。彼の研究に協力を申し出る企業も相次いだらしく、翌二二年の春には、AIMを活性化する物質を含むキャットフードが販売された。宮崎は二二年に大学を退職し、研究機関「AIM医学研究所」を設立、そこで研究に専念することになった。

ネコの延命のために、一年足らずで約二億円の寄付が集まるのだから、いかにネコ好きが多いかがよく分かる。それは昔からそうだったのだろう、本邦ではネコを主題にした芸術作品がそう珍しくない。歌川国芳が描いたネコの浮世絵しかり、夏目漱石が著した『吾輩は猫である』しかり。

そういう伝統にのっとって━━ということか否かは知る由もないが、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を、キャラクターをネコにしてアニメ化した映画がある。一九八五年夏に公開された『銀河鉄道の夜』である。

一九三三年、日中戦争も太平洋戦争もまだ始まっていないものの、世界中で物騒な空気が横溢していた。ドイツではアドルフ・ヒトラーが首相になり憲法が無効化され、当時イギリス領だったインド帝国では独立運動を指導したマハトマ・ガンジーが投獄された。日本でも作家の小林多喜二が逮捕され、特高警察から拷問を受けて殺されている。そんな年の九月、八月の誕生日で三十七歳になったばかりだった童話作家の宮沢賢治が、病を得て物故した。彼の遺稿として翌三四年に発表された童話が『銀河鉄道の夜』である。病弱な母親と、家になかなか帰ってこない父親とが主宰する貧しい家庭でアルバイトに明け暮れる少年ジョバンニが、友人カムパネルラと、銀河鉄道に乗り宇宙を旅する物語。

八〇年代当時、アニメーション映画は主に子供が観るものだった。世間一般の成人した男女にとって、映画館でアニメ映画を一人で観るなどは、一人でレストランに行ってお子様ランチを食べるに等しいことだった。アニメ映画を流す劇場に客として来る大人は(おおむね)子供の保護者か、世間から「変わり者」と見なされた一部のマニアだった。当時の社会では「アニメ映画=子供のためのもの」という図式が暗黙裡に共有されていて、だから童話である『銀河鉄道の夜』がアニメ映画化されたのだろう。もちろん、日本経済全体が後世から「バブル」と称される未曾有の好況下にあり、いろんな場面で金回りが良かったということもあろうが。

それにしてもなんでネコ? そう訝る向きもあるだろう。本作は、宮沢賢治を敬愛する漫画家のますむらひろしがコミカライズした『銀河鉄道の夜』を原案としている。つまり、ますむら版『銀河鉄道』のアニメ映画化なのである。彼の漫画世界では、擬人化されたネコが珍しくない。たとえば、彼が七〇年代に始めた『アタゴオル』シリーズでは、ヒデヨシという偏屈なネコが主人公を務めている。

本作が公開される前、つまり八〇年代前半には、既に「擬人化されたネコが活躍しても別におかしくはない」が、世間に常識として登録されていたと思う。たとえば八〇年には、全身青色のネコ型ロボットを主人公とするアニメ映画が大ヒットとなり、以降シリーズ化された。八二年には村上春樹が、「羊男」というキャラクターが出てくる小説『羊をめぐる冒険』を発表し、ヒットさせている。それなら、この擬人化されたネコによる物語も、総じてナチュラルに受容されたはずである。

映画化に際して脚本を担当したのは、不条理な寓話的物語を多く書き、六〇~七〇年代に大きな支持を集めた劇作家の別役実。彼は二〇二〇年、惜しまれつつ逝去したが、本作では彼の壮年期の仕事がきらりと光る。映画全体を静かに彩る音楽は、八三年にYMOを散開したばかりの細野晴臣の手によるもの。

作品情報

・監督:杉井ギサブロー
・脚本:別役実
・原案:ますむらひろし
・配給:日本ヘラルド映画
・公開:1985年7月13日
・上映時間:107分





 

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