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『サザエさん』
「戦後」の日本を生きるサザエさん

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こんにちは。ご機嫌いかがでしょうか。本日の主題は1956年に公開された東宝映画『サザエさん』です。とはいうものの、本作を観たことあるという人は(たぶん)そんなに多くはないと思います。VHSやDVDなどにソフト化されたことがないですし、映画館で再上映もそんなにされていない。現代ではいささか「埋もれた」感のある作品と言えるでしょうから。

「サザエさん」とは何か? もともとは長谷川町子(1920-1992)が1946年から1974年にかけてあちこちに断続的に連載していた漫画ですが、現在では「サザエさん」と言えば、日曜日の夕方に放送されているアニメ版を思い浮かべる人が多いと思います。それがいいとか悪いとかの話ではありませんので、悪しからず。

ただ、個人的な意見を忌憚なく言わせて頂ければ、私はアニメ版には「サザエさん」性をそんなに感じません。私見では、「サザエさん」とは戦後の日本を舞台にした物語であるからです。

「戦後」とは具体的にいつの頃を指すのでしょうか? 1956年の夏、経済白書には「もはや『戦後』ではない」と記されました。それにしたがうなら、日本の「戦後」とは敗戦の1945年から1956年までの期間を指すと考えられます。元号で言えば、主に昭和20年代でしょうか。その11年間こそ、日本の戦後であり、それ以降は「ポスト戦後」とか「戦後の後」といった時代なのだと。

アニメ版「サザエさん」の舞台は、その意味での「戦後」ではありません。たとえば、磯野家の黒電話。ああいう黒電話は昭和30~40年代にならないと一般家庭に普及しません。昭和20年代には大型冷蔵庫もないし、カラーテレビどころか白黒テレビだって一般家庭に登場していません。テレビの本放送が始まったのは1953年(昭和28)ですが、一般家庭に白黒テレビが普及したのは1959年の皇太子(平成天皇)ご成婚がキッカケと言われています。台所にはガスなどなく、ほとんどの家はカマド式でした。でもアニメの「サザエさん」は、どう見てもそんな時代の話じゃありませんよね。

「サザエさん」の主題歌では「お魚くわえたドラネコ」と歌われます。実は、あの歌詞は、物資も食糧も十分に生産、流通されていない「終戦から間もない時代」を舞台にしたものなんです。当時の日本は圧倒的なモノ不足で、食糧は配給制。町角にゴザや新聞紙を敷いて、その上に食糧が並べられました。その番は、町の人々が代わり番こで担当するのですが、ある日、サザエさんが番をしていたら、どこからともなくネコがやってきて、陳列されていた魚をくわえていった。それをサザエさんが裸足で追いかけた━━という歌なんです。

「サザエさん」はそういう時代の物語で、だから1974年に連載は終了したのだと思います。そのあたりがおそらく「戦後」の価値観や世界観がぎりぎり通用する時代だったのではないでしょうか。1974年。小笠原諸島も沖縄もすでに日本に返還され、戦後生まれがぼちぼち社会で台頭してきた時期です。社会はもう「戦後」の価値観をどこかに忘れ、「戦後の後」を謳歌するようになっていた。それを象徴するかのように、この年、「ミスタープロ野球」こと長嶋茂雄は現役引退を表明し、田中角栄は首相の座から降ります。

アニメ版「サザエさん」の放映開始は1969年。つまりアニメ版の舞台は、どちらかと言えば「戦後」ではなく、「戦後の後」なのです。

「戦後の後」とはどういう時代か? 人々は復興を達成し、同時に「これからどうしたらいいんだろう」と目的が失われた様相も呈した時代です。なにしろ「復興する」も「豊かになる」も済んでしまいましたから。物質的な豊かさはあっても、そこからどうしたらいいのかがわからなくなった。アニメ版「サザエさん」では、何も起こらない、何も達成されない毎日が延々とループしますが、それもそういう「目的が失われた時代」の産物だからかも知れません。

しかし、東宝映画の『サザエさん』は違います。漫画版「サザエさん」と同様に、これはまさしく「戦後」の物語なのです。ここに出てくるサザエさん達は生きている。そう言っていいと思います。映画は、独身の磯野サザエ(江利チエミ)がひょんなことからフグ田マスオ(小泉博)と出会い、結婚するまでを描きます。ここではサザエさん達が生き生きと物語を紡いでいる。ナチュラルな活力に満ちたドラマを演じているのです。

本作は好評を博し、以降1961年までシリーズ化、全10作が作られることになりました。上述のように、ソフト化はされていませんが、2016年には「サザエさん」連載開始70周年を記念し、CSで初めて放送されたりもしました。またどこかで観られるといいのですけどね。

作品情報

・監督:青柳信雄
・脚本:笠原良三
・原作:長谷川町子
・製作:杉原貞雄
・配給:東宝
・公開:1956年12月12日
・上映時間:86分





 

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