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『クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』
「父権制の亡霊」達への鎮魂歌レクイエム

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2014年に公開されたアニメ映画『クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』は、テレビアニメ『クレヨンしんちゃん』の劇場版22作目にあたります。1993年以降、毎年春には『しんちゃん』映画が公開されて来ましたが、それの22作目ということです。興行収入は、最終的には約18億円。監督は、テレビ版『しんちゃん』や『あたしンち』で、アニメーターとしてのキャリアを積んだ高橋渉。

この監督のことはよく知らないんですが、『しんちゃん』については「はぁ、22作目かぁ、よく続くな、凄いなぁ」と素直に感心します。『しんちゃん』映画って、私には「家族愛」と「友情」の二大テーマを延々と使い回しているように見えるのですが、それでよくそんなに物語が作れるなと。皮肉ではありませんよ。

公開当時、妹が映画館で本作を観て、絶賛していたので、DVDになってから私も観てみたんですが、まるでピンときませんでした。要するに「家族の絆でお涙頂戴」かぁ、としか思いませんでした。ドライでしたね。ところが改めて観直してみると、これは不思議なもので、当時とはまるで違う「何か」が浮き上がってくるのです。

『しんちゃん』とは本名「野原しんのすけ」という5歳児のことですが、実は彼を含めた「野原一家」は、埼玉県春日部市の住宅街に住むニューファミリーなんですね。今回、それに改めて気が付きました。あ、これって「在りし日の平凡な家庭」をベースにした話なんだ、と。しんのすけの父親、野原ヒロシは35歳(おお、同い年!)のサラリーマンです。彼がある日、何の因果というわけでもなく、唐突に、ロボットに改造されてしまいます。気が付いたら「あれ、俺ロボットじゃん」なのです。

春日部の自宅に戻った「ロボとーちゃん」を、家族は(良くも悪くも)以前と同じようには迎えてはくれません。当然ですよね。それでも、人格自体は野原ヒロシなのですから、まぁそれなりに時間は過ぎて行きます。子供にとっては父親の「身体性」なんて、そこまで問題にならないみたいです。ヒロシの妻、みさえにとっては、もちろん「なんでうちの亭主がロボットになってんのよ」です。戸惑いますよね。とはいえ、子供向け映画ですから、セックスをするでもない。そうすると、やはり亭主の身体性なんて、そう問題にならないのかもしれません。

ここに「現代では社会や家庭で身体性が失われている」なんていう問題提起もちらりと見え隠れするわけですが、それは脇に置いておきます。話が際限なくなってしまいますから。

問題は、このロボットはどこの誰が造ったのかです。悪の秘密結社ショッカーでしょうか? もちろん違います。どうやら「父ゆれ同盟」なる組織が、黒幕みたいです。この組織のスローガンは「父親よ、蜂起せよ」です。現代の「父親」は弱くなった。こんなんじゃいかん。亭主関白を取り戻さねば。父親革命だ、ということみたいです。おお、父権制の復権。これが本作の裏のテーマになっていたのか、と思いました。

父権制とは別名「家父長制」と言います。男尊女卑を前提に「お父さんは一家の主で偉いんだ」と定めた制度のことです。戦後の1947年、民法が改められ、家父長制は廃止されました。つまり、戦前までのように「お父さんは一家の主で偉いんだ」ではなくなったということです。

でも、民法の規定が変わっても、家庭のあり方なんてそんなに急には変わりません。だって「もうお父さんだからって偉いわけじゃないぜ」と言われても、「じゃあ父親はどうあればいいんだ?」に応じる代替のロール・モデルがないんですからね。だから戦後、時間をかけてゆっくりと父親は「偉くなく」なっていきます。それと軌を一にして、同じく時間をかけてゆっくりと「女性」達が社会の前面に出てくるのです。

振り返れば、2010年代というのは、「父権制の亡霊」(@橋本治)達が、世間を賑わした時代でもありました。2017年にアメリカ大統領に就任したドナルド・トランプなどはまさにそれで、彼は「女性を下に見る」価値観を、当たり前のように公衆の面前で曝け出しました。自分の娘(イヴァンカ・トランプ)を平気で目くらましに使っていましたから。

日本の首都、東京の都知事選(2016年)においても、やはり「父権制の亡霊」は現れました。あの都知事選で、自民党に属していた小池百合子が、知事になりたいと言い出した。ところが自民党は(なぜか)これを拒絶。自民党や都議団から総スカンを食らった小池は「じゃあいいです、あたし一人で戦いますから」と、無所属で出馬。怒り心頭の自民党はこれに対抗。かくして都知事選は「自民党VS小池百合子」になり、小池の圧勝で幕を閉じました。おそらく、自民党員や都議員の間では、父権制の前提である「男尊女卑」が当たり前だったんでしょうね。当時、自民党の応援で選挙カーに乗った石原慎太郎は、小池を「年増の厚化粧は見苦しい」と評する暴言を吐いていました。

元財務省事務次官の福田淳一がテレビ朝日の女性記者に対して、「抱きしめていい?」「胸触っていい?」と訊くなどのセクハラ行為を働いて問題になったり(2018年)、元TBSワシントン支局長の山口敬之が女性ジャーナリストをレイプしたとして裁判になったり(2015年)もありました。おそらく福田や山口も「父権制の亡霊」なのでしょう。これらの言動は、「女性を下に見る」が根底になければあり得ませんから。

でもね、もうそういう時代じゃないんですよ。もう「父親は偉い、男は偉い」なんて価値観は通用しません。それが世の趨勢で、だから小池は圧勝したのであり、トランプはアメリカのメディアに「ボケ老人」の判を捺されたのです。男女平等に納得がいかない、あるいは今がどういう時代なのかてんで分かっていない「下品なおっさん」達━━男尊女卑を前提とする「父権制の亡霊」達が断末魔の醜態を見せた。それが2010年代だったのかもしれません。

『ロボとーちゃん』は、そうした「父権制の亡霊」達の抑圧された欲望を感知し、物語の材料に昇華した。作り手の企図がどうかは知りませんが、この映画にはそういう側面があるように思います。その点で私は「あ、凄いな、時代の底流をちゃんと読んで、それをすくいとってたんやな」と、遅まきながら感心するのです。



※参考文献
橋本治『父権制の崩壊 あるいは指導者はもう来ない』朝日新書、2019年

作品情報

・監督:高橋渉
・脚本:中島かずき
・原作:臼井儀人
・演出:池端たかし
・配給:東宝
・公開:2014年4月19日
・上映時間:97分





 

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