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■ 5月31日から6月29日にかけて、エッセイをフィーチャーします







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『シン・ゴジラ』
庵野(秀明)さん的な映画と言えなくもない

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あくまで個人的な感想ですが、2016年の映画『シン・ゴジラ』については、なんとも庵野秀明さんらしい映画だなぁという気がするんですね。内容もそうですが、アウトラインからして。なので今回は、内容についてはほとんど触れません。そこのところをまずはご了承の上、お付き合いください。

と言っておいて、さっそく前言撤回するのもアレなんですが、やはりどんな話なのか、最低限の説明は要るだろうと思います。

『シン・ゴジラ』とはどんな話か。簡単に言うと、東京に正体不明の巨大生物が現れます。それは紆余曲折あって、官僚や閣僚に「ゴジラ」と名付けられます。このゴジラの侵攻を、官僚や自衛隊は是が非でも食い止め、国民の生命や財産を守らなくてはなりません。それにはまず、ゴジラとはそもそもどういう生物なのかを突き止める必要がある。敵を倒すには、まず敵を知ることが大事だからです。ゴジラとはいったい何なのでしょうか。東京は、果たして平和な日常を取り戻せるのか。乞うご期待。

といったお話です。まぁこのお話自体の是非や、演出、筋書きなどについては何も言いません。もういろんな論客がそれぞれの感想をのべつ幕なし述べた後ですからね。私が何か言ったところで、屋上屋を架すだけでしょう。

私が気になるのは、この映画が作られたキッカケです。というのも「ゴジラ」シリーズって、1954年のファースト以降、こんこんと回を重ねてきたものの、人気の低迷や内容のマンネリなどから、2004年公開の28作目で打ち切りになっていたわけです。この28作目も興行成績はパッとしなかった。当時を思い返しても、『マトリックス』や『セカチュー』は思い浮かびますが、ゴジラってやってたっけ? という感じですからね、正直言って。ゴジラは、一時は(配給会社である)東宝の看板的存在でしたが、終盤には時代はずれの「ダイナソー」になっていたのではないでしょうか。

それがなぜ、12年の空白を挟んで復活したのか。2014年にアメリカ製の(ハリウッド版の)ゴジラ映画が日本に上陸し、大ヒットしたからです。『シン・ゴジラ』は東宝の単独出資による映画ですが、東宝は公式に、ハリウッド版のゴジラに触発されて『シン・ゴジラ』製作を決意したと表明しています。

意地を悪く言えば、『シン・ゴジラ』とは、東宝の「今、ゴジラ映画作ったらカネになるんじゃね? じゃあ、やろうか」という日和見の打算ありきの映画であるとも受け取れるわけです。

それで何が悪い、と詰問する人もいるでしょうか。あのね、ビジネスとしては真っ当だと思いますよ。マーケットを見て戦略を立てる、というね。でも仮にも「作品」であるならば、それはどうかと思うのです。だって、そこには訴えるものが何も宿っていないでしょう。製作側に、表現したいものが何もない。ただゴジラを用いた映画を作って、儲かればいい。特に目的もなくコンビニに入って、そこで買う物を探すという人がたまにいますが、それですよね。本末転倒というか。

『シン・ゴジラ』の総監督を務めたのは、エヴァで有名な庵野秀明さんです。アニメーターの宮崎駿さんは、後輩である庵野さんの作品(旧世紀版のエヴァだったと思いますが)を見て、こう看破したと伝えられています。「テーマがない」。なるほど。もしかしたら庵野さんという人は、表現欲求は並外れてあるけど(でなきゃ映画監督なんてやりませんよね)、肝心の「何を表現したいか」がそんなにない。そういう人なのかもしれません。ご本人に会ったことがないので、あくまでも仮説ですが。

この仮説に基づいて考えると『シン・ゴジラ』は庵野さん的な映画と言えなくもない。これは「ゴジラ映画を作ろうとして作られたゴジラ映画」であって、中身は二の次である、ということですから(もちろん、それっぽくするために庵野さん、樋口監督はじめ、スタッフの皆さんには大変なご苦労があったかと思いますが)。

でもそれなら、まさに「内容についてはほとんど触れ」る必要がないわけですよね。良くも悪くも。

作品情報

・総監督・脚本:庵野秀明
・監督:樋口真嗣
・製作:市川南
・配給:東宝
・公開:2016年7月29日
・上映時間:119分





 

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