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『私をスキーに連れてって』
バブル景気の頃に作られた青春映画

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こんにちは。本日のお題は1987年11月に公開された映画『私をスキーに連れてって』です。

公開当時、私は3歳でしたから(たぶん)リアルタイムで観てはいません。つまり個人的にはまったく思い入れがない。スキーにしても、高校の時の修学旅行先が蔵王だったので、やったことはありますが、じゃあ「もう一度スキーをやりたいか」と訊かれれば、首を縦には振らないでしょう。やだよ、寒いし、視界悪いし、身体痛むし、って。

私みたいに言う人は、今も当時もそんなに珍しくないと思います。でもそういう人達の声を封殺してしまうほどのインパクトと魅力がこの映画にはあった。たぶんそうなのだと思います。なにしろこの映画をきっかけに、当時の日本にスキーブームが発生したと仄聞そくぶんしますから。良かった、当時若者じゃなくて、と心底思います。

『私をスキーに連れてって』とは、具体的にどういう映画なのか? 簡単に言えば「若いサラリーマン男女を主軸にした青春映画」です。若くてルックスもいいのに、不器用かつ奥手で彼女ができない商社の若手社員、矢野文男(三上博史)は、スキーが得意で、自社スポーツ課のスキーブランドを担当しています。12月、学生時代の仲間とスキーに行った矢野は、そこで池上優(原田知世)という女性と偶然出会い、フォーリンラブします。彼女は実は矢野と同じ会社に勤務しているOLで、2人はなんとか男女交際に至るのですが━━と、まぁこういったお話です。

本作を観た多くの人が━━特に当時の若い人が━━「スキーに行けば、素晴らしい何かがあるんだ」という幻想を抱き、夢を見、それを集団的に共有したのでしょう。ある意味では錯覚なのですが、集団に共有されれば錯覚だって(少なくとも当人達の間では)立派な真実になるのです。

本作は巷間で好評を博し、以降「スキーに行く」は若者の定番になりました。平成初期、広瀬香美がアルペンのCMソングを何度か担当して「冬の女王」と呼ばれましたが、つまりそれくらい冬になると同社のCMは大量に流れ、彼女の歌声もスピーカーから頻繁に流れてきたわけです。あの「冬になればスキーだ!」的ムーブメントの下地はここで形成されていたんですね。

1987年といえば、ニューヨーク証券取引所で俗に「ブラック・マンデー」と呼ばれる世界規模での株価の大暴落が起こりながらも、日本は地価高騰に沸き、バブル景気を謳歌していたという時代です。でも当時は「バブル」なんて言葉は世間に浸透していなかったし、渦中の人々にもそんな自覚はなかったと思います。ただ、なんとなくカネに不自由しないな、わりと物事を鷹揚おうように見る余裕があるな、くらいのもので、それだって当時は、「フツーのこと」として迎えられていたはずです。

それでというかやはりというか、本作の展開や作中のキャラクターを見ると、21世紀の若者とは隔世の感があります。

私が20代だったのは00~10年代のことですが、作中に出てくるような若者は、少なくとも私の周りにはいませんでした。まず、学生時代の友人全員が「ちゃんと無事に就業している」時点で私の時代とは別物です。だいたい4人いれば1人か2人はフリーターとか派遣社員になっていて、正社員とそれ以外では何かと調子が合わせづらいからなんとなく疎遠になる━━というのが就職氷河期世代の平均的な「大学卒業後」だったように思います。

昭和末期の当時と比べて、平成では「人生いろいろ、雇用もいろいろ」になるわけですが、じゃあそれが何に帰結したのかというと、「同世代間の分断」でしかなかったんですね。そんな気がします。

当今の若い人達はSNSを通じて(たとえばLINEのグループ作りなどで)連帯するのかも知れませんが、当時はインターネットもケイタイもありません(本作にはアマチュア無線が登場しますが、ケイタイが普及した21世紀ではまずありえないアイテムです)。じゃあ昭和末期の若者達は何を共有する形で連帯していたのか? もしかすると彼らは「同質的に豊かであること」を軸に連帯していたのかも知れないと思うのです。

さて、本作では、主題歌を含め、随所に松任谷由実の歌曲が使われています。主題歌にユーミンを推したのは主演の原田知世らしいですが、このユーミンの集中的な起用によって物語世界の統一感はぐっと増しています。本作公開から9年後、ドリカムの歌をやはり集中的に起用した映画『7月7日、晴れ』が作られましたが、あの映画の下地はここにあったんですね。


と、本稿を書いてて思ったんですが、ドリカムの「連れてって 連れてって」(2008)って、もしかして『私をスキーに連れてって』へのオマージュなんでしょうかね。そういえばドリカムの初期の楽曲って、この映画の世界観に通じるものがあるような気もしますし。「冬三昧にはまだ遠い」とか。



作品情報

・監督:馬場康夫
・脚本:一色伸幸
・原作:ホイチョイ・プロダクション
・製作:三ツ井康
・配給:東宝
・公開:1987年11月21日
・上映時間:98分





 

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