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『東京オリンピック』
1964年の東京、その光と陰

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こんにちは。本日のお題は、市川崑(1915-2008)が総監督を務めた記録映画『東京オリンピック』です。ここで言う東京オリンピックとは、言うまでもなく1964年に開催された東京オリンピック大会です。

高度経済成長期真っ只中の1964年に開催された東京オリンピックは、総体的に見れば、日本の復興の象徴でもありました。太平洋戦争で東京や大阪などの都市部は無残な焼け野原になり、広島と長崎には原爆が投下されました。戦争が終わったのが1945年。そこから19年後の1964年、日本で(あるいはアジアで)初めてオリンピック大会が開かれました。世界の人々を十全に迎え入れるまでに、日本は立ち直ったのです。

市川崑は、大正生まれの映画人です。戦前はアニメーションの分野で活躍していましたが、戦後は一転、実写映画を主戦場とし、名を馳せました。彼が実写映画の監督としてデビューしたのは1948年。この年、彼は脚本家の和田夏十と結婚します。御年33歳のことでした。つまり1960年代には彼はもうベテラン監督であったわけですが、そんな彼のもとに東京オリンピックの記録映画を監督して欲しいとのオファーが舞い込み、彼はこれを承諾します。

なぜ市川のもとへそんな話が舞い込んだのか? 当初、この記録映画の監督には、市川より5歳年上の黒澤明が想定されていたそうです。しかし黒澤はこの申し出を固辞。その後、話は流れ流れて、何人かの映画監督が候補に挙がり、最終的に市川が監督に就いた、というのが実情だそうです。

1960年代当時、私はまだ生まれていません。そういう後世の人間からすれば、黒澤明の固辞にむしろ疑問を感じます。自国で開催されるオリンピックのドキュメンタリーの監督って、それなりに名誉なことだったんじゃないのかな、なんでそれを断ったんだろうかと。そうは思いませんか? でも、この映画のオープニングを観ると、その理由もなんとなく察しがつくような気がします。

というのも、この記録映画、巨大な鉄球が建物を破壊するシーンから始まるんですね。オリンピック用の設備や施設を整えるために東京の町並みを破壊しているわけで、つまりは都市の再開発ですが、それがこの映画の冒頭を飾っているのです。

それを観ると、なんとなく不穏な気持ちになります。そして「ああ、そうか」と思い至る。当たり前ですが、東京にだって誰かが住んでいるのです。そこで生活している、そこを故郷とする人が確かにいる。そこは1945年の時点で焼け野原になり、住民はそこから懸命に復興してきたのです。1956年、経済白書に「もはや『戦後』ではない」と記されたそうですが、それはつまり、東京都民は11年という歳月をかけて、自分たちの町をなんとか復活させたということでしょう。

東京でオリンピックが開催されることが決まったのは1959年です。つまり東京都民は、復興して一息つく余裕もなく、もう一度自分たちの町が壊されることを受け入れなくてはならなかったのです。自分たちが一生懸命復興した町が、オリンピックという名目の下、もう一度壊される━━それを受け入れざるを得なかった住民の気持ちは、いかばかりでしょう。たぶん、ほとんどの人は「勘弁してくれよ」と思ったんじゃないですかね。

黒澤明は東京生まれ、東京育ちの人です。彼にとって東京は地元であり、故郷です。その地元が、やっとの思いで復興したと思ったら、オリンピックのためだとかで壊され、住民たちの気持ちを無視したものに変質させられる。それは黒澤にしてみれば、耐え難いことであったと思います。だから黒澤は、そんなオリンピックの記録映画など撮りたくなかったのではないでしょうか。

東京オリンピックは、当今では「過去の栄光」みたいに語られることが多いと思います。それはそれでいいと思います。100人いたら、100通りの東京オリンピック観があることでしょう。後からならどうとでも美化できますし。でも、当時を東京で生きた人には、きっと苦々しいものがあったろうこともまた事実で、それは美化された「過去の栄光」の暗部でもあります。その「陰」の部分も忘れないようにと、この記録映画は作られたのかも知れません。

本来、オリンピックに筋書きなどありません。しかし本作は、オリンピックを飽くまでも「ひとつのドラマ」として構築しています。そのためか、市川崑、和田夏十、白坂依志夫、そして詩人として高名な谷川俊太郎の4人が脚本家を務めています。谷川さん、こんなところでも活躍されていたんですね。

作品情報

・監督:市川崑、渋谷昶子、安岡章太郎、細江英公
・脚本:市川崑、和田夏十、白坂依志夫、谷川俊太郎
・製作:田口助太郎
・配給:東宝
・公開:1965年3月20日
・上映時間:170分





 

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