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『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』
400万人を動員、その背景は何か?

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「昭和の時代に公開されたアニメーション映画の中で最多の観客動員数を記録した映画は何か?」━━どう集計するのかがまとまっていなかったということもあって諸説あるのだが、一説にはテレビアニメ『宇宙戦艦ヤマト』の劇場版第2作目『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』(以下、ヤマト2)であるらしい。1978年夏に公開された本作は400万人を動員したという。当時のアニメ映画としては異例の動員数で、「社会現象」とまで言われた。

『ヤマト』は、簡単に言ってしまえば、宇宙を舞台にした戦争ドラマである。もともとは1970年代半ばにテレビアニメが放送され、その総集編としての劇場版が1977年に作られた。テレビ版は商業的には惨憺たる結果だったが、劇場版はヒットした。そこで続編が作られることになった。それが『ヤマト2』である。これは総集編ではなく、新たに書き下ろされた物語で、今作で『ヤマト』を完結させる、という意気込みで作られたものである。劇中では、戦艦ヤマトの乗組員の終局が描かれた。

なんか似たような展開が20世紀末のアニメにあったような、と思う。もしかすると『エヴァ』って『ヤマト』なのか。まぁこの際そんな些末なことはどうでもいい。私が気になるのは、なぜ今作が当時「社会現象」と言われるほど、人口に膾炙したかである。

前年の1977年には『スター・ウォーズ』の第1作がアメリカで公開され、大ヒットを記録した。それが日本でも公開され、ヒットしたのが1978年。翌年には映画『エイリアン』が公開され、テレビでは『機動戦士ガンダム』も始まった。この時代は、一昔前なら「子供向け」とされたスペース・オペラが熱烈な支持を受け、それを作ることが本格的な産業になった時代なのである。『ヤマト2』もその時流に適っていて、そしてヒットした。だから立てるべき問いは、「なぜこの時代にスペース・オペラが求められたか」である。

そもそも1970年代後半とは、どんな時代だったのか。当時生まれていない私としては、そこから始めるよりしょうがない。

1970年代という時代は、サブカルチャーの面で「現代の礎を築いた」時代である。たとえば、ポップスで言えば、井上陽水、小田和正、サザンオールスターズ、さだまさし、中島みゆき、松任谷由美、矢沢永吉、山下達郎など、現在の「J-POP」の「長老」達は、皆この「1970年代」という10年の間にデヴューした(陽水のみ再デヴュー)。この時期に、テレビゲームの元祖と言われるインヴェーダー・ゲームや「ポン」は巷間に現れ、海の向こうではアップル・コンピューターも開発されていた。『ドラえもん』がテレビアニメになったのも、この時期である。

1976年、「戦後生まれ」が日本の総人口の過半数を占めた。1945年の終戦から31年経っていたわけだから、当時の日本人の半分以上は31歳以下だったことになる。それなら1978年には日本人の半分以上は33歳以下であったろう。若い。現在の超高齢社会からは想像もつかないが、当時の日本は若かったのである。だから何だと言えば、上述の文化のメイン・ターゲットは若者であったろうということである。だから「若者文化サブカルチヤー」と叙した。

高度経済成長が言われた1960年代は、それが言われるくらいだから、まだ貧しかった。それを乗り越えて、モーレツに働いて、豊かさを達成した。それが1970年代の日本である。それなら、当時の日本は活気と多幸感に溢れていたのだろうか? どうやらそうでもなかったようである。1970年代は、子供の家庭内暴力や学校内のいじめ、工業による公害など、現代まで続く問題が表面化した時代でもある。

1974年初頭には、「1999年7の月、空から恐怖の大王が降りてくる」で有名な『ノストラダムスの大予言』(五島勉著)がベストセラーになる。また、1977年末に公開され、大ヒットした『007 私を愛したスパイ』では、「ハルマゲドン」という言葉が叫ばれていた。どうやら前世紀末に漂っていた「終末を待望する空気」も、この1970年代が源流であるらしい。

社会は豊かになった。豊かになることを目指して日本人は頑張ってきた。でも「豊かになったらどうするか」は誰も考えなかった。おそらくそういうことであろう。そこでまず若者が途方に暮れた。これからどうすりゃいいんだろう。何を目標にして働いたらいいんだろう。豊かなのかどうかは知らんけど、この社会ってそんなに良さそうでもないんだけどな━━と。

1970年代は「脱サラ」という言葉が定着した時代でもある。それは、既存の社会制度からの逸脱を希望する人が潜在的に多数いたことを意味する。でも社会にはそうした人達を受け容れるスペースがない。社会にサブカルチャーはあってもサブシステムはなかった━━だからこそ(暫定的な)逃避先としての若者文化サブカルチヤーは求められ、同時に「終末」を待望する空気も醸成された。

おそらく、多くの若者が、現実には希望が持てなくなっていた。もう現実には大したドラマがない。そう思い込んだ人達が大勢いて、大仰なスペース・オペラに興味をそそられた。そういうことではないかと思う。現代では「VR」がやたら持て囃されるが、仮想現実(ヴァーチャル・リアリティー)にしか心を向けられない人達というのは、この時代にすでに大勢いたのである。

『ヤマト2』は2017年にリメイクされた。それは、多くの人が『ヤマト』から離れなかったことを意味する。だから『ヤマト』は産業として成立する。当時の「若者」は老いてなお、当時の若者文化サブカルチヤーから離れない。1970年代に生まれた若者文化が、現代まで続いているのはこのためである。サザンや山下達郎のコンサートには、「かつての若者」が大勢集まっていると言う。

それは「オモチャやぬいぐるみを捨てて大人になる」ができない人のあり方でもある。豊かだった日本では、そういうあり方も許容された。若者文化サブカルチヤーの勃興も、そこに恋々としがみつくのも、日本社会が「豊かである」という条件下でのみ成立した。だが、これからの日本に、かつての豊かさは最早あり得ない。それなら今一度、彼らのようなあり方は「それでいいのか?」と問われることになる。

作品情報

・監督:舛田利雄、松本零士、勝間田具治
・脚本:舛田利雄、藤川桂介、山本英明
・原案:松本零士、舛田利雄
・音楽:宮川泰
・配給:東映
・公開:1978年8月5日
・上映時間:151分







 

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