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『非行少女ヨーコ』
1966年━━「目的が失われた時代」に若者達は

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こんにちは。本日のお題は、1966年3月に公開された東映映画『非行少女ヨーコ』です。監督は、昨年(2019)の5月に他界した降旗康男。降旗といえば、平成の時代には「高倉健の映画を撮る監督」になっていた感がありますが、本作は降旗の監督デビュー作で、高倉健は出ていません。本作公開の前年、高倉が主演を務めた映画『昭和残侠伝』が封切られ、そこで降旗は助監督を務めていましたから、2人に面識があったことはあったと思いますが、まだタッグを組んではいなかったのです。

そうなると、本作はどんな映画なのか? 降旗康男は高倉健なしで何を自身のデビュー作として撮ったのか? そういう話になります。

本作の主人公は、緑魔子演じるヨーコという十代の家出少女です。彼女は家を飛び出し、東京をあてもなく彷徨います。時代は1966年で、高度経済成長期のど真ん中のはずなのですが、彼女やその周辺にはどこか「出口なし」感が漂っています。男の性的玩具として過ごしたり、睡眠薬やジャズに耽ったりとやけっぱちな様子で彼女は日々を送り、そして当然ながらそういう生活や方向性が有用な何かに結実することはない。そういう、ある種のドキュメンタリー的な要素のある映画ですから、ハリウッド映画を観るノリで観ると、「なんだこりゃ?」になるかも知れません。

1934年生まれの降旗は当時32歳。1957年に東映へ入社し、時代劇を撮るように指示されたものの、現代劇をやりたかった降旗は、その指示を固辞します。つまり降旗は「同時代」を撮りたいと切望していたはずで、それなら本作では「もう若者ではない降旗康男」から見た1960年代半ばという時代と、そこで生きる若者が描かれているのだと推察されます。

サザエさん』の稿で私は、1956年で「戦後」は終わり、その後は「ポスト戦後」で「目的が失われた時代」と述べました。1945年の敗戦で焼け野原になった日本はそこから復興を遂げて、けれど、じゃあ次にどうすればいいのかとなると、わからない。少なくともそういうビジョンを集団的に共有することは難しい。そういう時代を迎えたのだろうと考えました。

それを裏付けるように、本作で描かれる「1966年当時の若者達」はあまりに無軌道で退廃的です。彼らは「ここではないどこかへ行きたい」と思って、でもその「どこか」は現実のどこにもない。若いから熱量やエネルギーはあるのだけど、それを持って行く先がない。自らの内面を外的にどうやってソフトランディングさせればいいのかわからない。若者がそんなありようを呈する時代を「目的が失われた時代」と表現しても、そこまで変ではないでしょう。

一言で言えば「理想と現実のギャップに若者達は右往左往した」なのかも知れません。私は当時まだ生まれていないので、そのあたりの実情はわからないのです。ただ、そういう後世の人間からすると、当時の日本(少なくとも東京という地域)には「若者の放蕩」を許容できるだけの豊かさはもうあったんだなと思います。

1964年の東京オリンピック大会も無事に終わり、ある程度の自負心と達成感は巷間に伏流していた。もう戦後間もない頃のように、生活に困窮することもない。それなら若い人達が多少馬鹿をやっても、あるいは薬物でラリったりしても、大人は「まぁいいか」で済ませられる。なんとなれば、そういう若者をダシにして一儲けすることだってできる。それは「大人と若者が分断されている」で、かつ「大人が若者を教育することを放棄している」でもあります。それは今日でもそうなんじゃないかと思いますが、1966年の時点で、もうすでにそういう状況は形成されていたのかも知れません。

さて、前述のように東映は1950年代後半、降旗に時代劇を撮るよう指示を出しました。つまりそれだけ当時は時代劇が主流だったわけですが、時代劇が客を呼べる時代は間もなく終わり、1960年代後半の東映は、任侠映画と、俗に「東映ポルノ」と言われる成人映画を前面に押し出します。当時は、男女雇用機会均等法などない男社会の時代で、そうした「男しか観ない」路線でも短期的には利益を生んだのです。でも、そんな映画会社に所属したがる女優はそうそういません。だから東映所属の女優は次々に離脱することになるのですが、緑魔子もその一人でした。

『非行少女ヨーコ』にはR18指定がかけられていますが、まだ東映がポルノ路線に本格的に舵を切る前に作られたということもあり、そんなにはエロスを前面に出してはいないと思います。でもまぁそれはそれとして、八木正生が監修を務めた本作の音楽はなかなかのものです。

作品情報

・監督:降旗康男
・脚本:神波史男、小野龍之助
・音楽:八木正生
・配給:東映
・公開:1966年3月19日
・上映時間:85分





 

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