皆さんこんにちは。本日のお題はXジャパンが九六年十一月にリリースした、インディー盤を除くと三作目のスタジオ・アルバムになる『ダリア』です。もう三十年前の作品なんですけど、二〇二六年現在においてもこれがXジャパンの最新アルバムなんです。企画盤はちょこちょこ出てるんですけどね。
『DAHLIA』
1996年11月4日発売
アトランティック・レコード
01. DAHLIA
02. SCARS
03. Longing -跡切れたmelody-
04. Rusty Nail
05. White Poem I
06. CRUCIFY MY LOVE
07. Tears
08. WRIGGLE
09. DRAIN
10. Forever Love (Acoustic Version)
プロデュース:YOSHIKI
共同プロデュース:X JAPAN
Xジャパンは当初はXとして八九年にCBSソニーからメジャー・デビューを果たしました。デビュー元年にあたる八九年と、二年後の九一年にスタジオ・アルバムを計二枚リリース。ここまでは比較的順調なペースだったのですが、このへんからその歩みは徐行を始めます。
九一年のアルバム『ジェラシー』は、もともとは「アート・オブ・ライフ」という三十分前後ある曲との二枚組でリリースされる構想だったそうです。でもこの「アート・オブ・ライフ」の制作は難航して、紆余曲折の果てに九三年八月、ミニ・アルバムとして単独でリリースされました。ソニーではなく、ワーナーから。レコード会社移籍があり、XからXジャパンへの改称がありと、九二~三年は彼らにとってそういう時期でした。
その九二年には、シングルもアルバムも出していません。それではメンバーは無職同然ですから遣る方ないでしょう。それでソロ活動をそれぞれ始めることになるのですが━━リーダーのヨシキ自身も、TMネットワークの小室哲哉と組んだユニット「Ⅴ2」でシングル盤をこの年に出しています━━そうなると独立したソロ歌手、ソロ・ミュージシャンとしてのスケジュールや予算が各自組まれますから、バンド活動はどうしてもなおざりになります。だからか、次のアルバムは前作から(ミニ・アルバムを除くと)五年も空いてしまいます。
ただ、五年の間にリリースが「難産だったミニ・アルバム一枚だけ」てなことはなくて、シングルは年に一枚程度という(当時としてはスロウな)ペースで出ていました。ミニ・アルバムが出た直後、九三年十一月には「ティアーズ」を発売。これはバンドの活動再開への期待が高まっていたからなのか、バンドの中で最も売れたシングル盤となりました。ちょっと聴いてみましょう。
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文句のつけようがないくらい「バラード」ですよね。シングルと違って、アルバム・ヴァージョンにはヨシキの英語でのモノローグが付けられています。余談ながら、シングル盤をマスタリングした技師スティーブン・マーカスンは、二十一世紀の和製ポップスにおいて著名なマスタリング・エンジニアの一人になりました。グレイ、スピッツ、中島みゆきなどの作品で彼の名前を目にした人も多いのではないでしょうか。
明けて九四年、シングル「ラスティ・ネイル」が七月に出ます。オリコン週間チャートで二週連続一位を獲得と、聴衆からの期待は相変わらず高かったのでしょう。前作「ティアーズ」に次ぐバンドで二番目の売上を誇るシングル盤となりました。この耳に残りやすいきらきらしたイントロは、聴いたことある人も多いと思います。
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このオーケストレーションを編曲したのは、椎名林檎の「カーネーション」や桑田佳祐の「現代東京奇譚」のアレンジメントでお馴染みの斉藤ネコ。だからなのか、Xの楽曲群の中では図抜けて「歌謡曲っぽい」感じもします。頻繁にコンサートの一曲目に選ばれたのも得心が行くというか。観客を「つかむ」のに、この曲に勝るものはなかったのでしょう。
とまぁ、こんな調子で九五年も夏に一枚シングルをリリースするのですが、並行してソロ活動をメンバー各自がしている以上、バンドとしての活動はなかなかありません。それでもこの年の年末には、Xジャパンに改称してからは初となるコンサート・ツアーが(翌九六年三月まで)組まれました。ツアー・タイトルは「ダリア・ツアー」。要するに、「次のスタジオ盤はまだ出てないけど先に全国回ってお披露目しちゃおうぜ」という形の巡業です。大阪城ホールや広島グリーンアリーナ、山形市総合スポーツセンターなど、地方を彼らが巡演する珍しい機会ではあったのですが、途中でヨシキが体調を崩して、バンドの巡業は中止。このツアーは現在でも公式に映像化されていません。
九六年に入ってからは二月、七月、八月と精力的にシングルを発表。それらを全部含めたアルバムが十一月に出ます。それが本作です。オリコン・チャートで週間一位を獲得し、同年末には「ダリア・ツアー・ファイナル」と銘打ったコンサートを東京ドームで催したものの、バンド自体はもういろいろと限界を迎えていたのか、翌九七年九月、緊急記者会見が開かれ、Xジャパンは正式に解散します。以降、本作を最後に彼らのスタジオ・アルバムは現在に至るまで出ていません。
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クロージングに紹介するのは、本作の六曲目「クルスファイ・マイ・ラヴ」。作詞、作曲、編曲はヨシキです。歌詞が全部英語で、ギターやベースが不参加ということもあってか、Xの作品群の中ではそんなに人気の曲ではないかもしれません。ただ、この曲や「アート・オブ・ライフ」の和訳を、確か十五歳の頃だったと思うんですけど、塾の英語の先生にお願いした記憶があるんです。先生というのは、阪大に通っていた女子大生なんですけど、今思い返すとよくやってくれたなぁと思います。ありがたいっスね。
のちに私が外国語大学に進学するくらい英語にのめり込んだのは、Xジャパンやビーズなどの英詞の曲がきっかけだったと言っても言い過ぎではないので、そういう点で個人的に結構思い入れがあります。