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■ 12月31日から1月30日にかけて、「2000年のポップス」をフィーチャーします







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『delicious way』
倉木麻衣は「2000年という年」を象徴したか?

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倉木麻衣は1982年10月生まれ、1999年12月にシングル盤「ラブ、デイ・アフター・トゥモロー」でメジャー・デビューを果たした歌手である。同シングルはいきなり130万枚以上を売り上げる大ヒット。その後も立て続けにシングルをリリースし、いずれもオリコン週間チャートで1位か2位を獲得するというヒットを記録した。翌2000年6月、それまでに出したシングル4枚のA面曲をすべて収録したスタジオ・アルバムを発表。それが『デリシャス・ウェイ』である。


今作『デリシャス・ウェイ』は350万枚以上を売り上げ、オリコン年間チャート1位の座を獲得した。要するに、2000年で一番売れたアルバムということである。さすれば今作は、倉木麻衣個人とはかけ離れたところで、2000年という年を象徴する1枚でもありえると思う。


『delicious way』
2000年6月28日発売

GIZA Studio

01. Delicious Way
02. Love, Day After Tomorrow
03. Secret of my heart
04. Stepping ∞ Out
05. Baby Tonight -You&Me-
06. Can't get enough -gimme your love-
07. NEVER GONNA GIVE YOU UP
08. Stay by my side
09. Everything's All Right
10. happy days
11. 君との時間


青い下線は執筆者推薦曲を表しています。


ディレクション:西室斗紀子
プロデュース:KANONJI(長戸大幸)
では、2000年とはどういう時代であったろうか?

ポピュラー音楽シーンで言えば、女性歌手の全盛時代である。オリコンが発表した歌手別トータル・セールスのランキングを見ると、TOP5はすべて女性歌手が独占。1位から順に言うと、浜崎あゆみ、倉木麻衣、椎名林檎、MISIA、小柳ゆき、である。

しかし、そのポピュラー音楽を受け取る側である社会は、相変わらず暗い影に覆われていた。バブル崩壊の傷は一向に回復する気配がなく、日本企業の資産は不穏当な目減りを見せ続けていた。1998年、大蔵省(当時)は銀行全体の不良債権額が総計76兆7千億円にもなると発表し、翌99年には自動車産業の大手、日産がフランス企業のルノーとの資本提携を発表。事実上の外資系企業となった。

そして2000年は迎えられた。

バブルはとっくにはじけていたのだが、日本の政界、官界、財界は未だにその現実を直視できずにいた。バブル崩壊を認めることは、それまでの自分達の失策、失政を認めることにもなる。それはできない。だから彼らは「この不況は一時的に降りかかってきた『災い』であり、一過性のものに過ぎない。すぐにまた好景気になるさ」と自分達に言い聞かせ、その場を取り繕うことに終始していた。「千年に一度のミレニアムを祝おう。馬鹿騒ぎをすれば、ちょっとは景気も良くなろうってもんさ」。政、官、財、マスコミの空騒ぎだけが巷間に虚しく響き渡っていた。

社会の「構成員」は思考停止し、無策を決め込んだ。そしてそのツケは、当の社会に参入するはずの若い世代に押し寄せた。俗に「就職氷河期」と言われる難局が、バブル崩壊後の日本には普遍していたのである。社会に参入し、ゆくゆくは社会の中核を担うはずの若者を、社会が「受け入れない」という事態が全国的に多発していた。

自分達が社会に歓迎されない、社会に受け入れられないことを感覚的に察知した子供達は当惑し、怯え、抵抗を企てた。いやだ、いやだ、いやだ。彼らの多くはフリーターやニート、引きこもりになる━━ならざるを得ない━━のであるが、一部の青少年達は(大人達の思考停止ぶりを嘲笑するかのように)血の凶行に走った。

2000年、青少年による凶行は隆盛を極める。5月1日、愛知県で高校生が近所の主婦を殺した。カナヅチで頭を殴られ、その上に包丁で何十回も刺されたという凶悪事件である。逮捕された少年は、「人を殺してみたかったから(殺した)」と語った。すると同月3日、今度は佐賀県で未成年によるバスジャックが発生。乗客2人が負傷、1人が帰らぬ人となった。翌6月には、岡山県の高校生が部活の後輩4人を金属バットで殴打、その後、自分の母親を撲殺して逃亡するという事件が起こった。

いずれも悲痛極まりない事件であるが、これらの事件の犯人は皆、当時17歳であり、この奇妙な一致に世間は注目した。同年の流行語大賞に「十七歳」という言葉がノミネートされたくらいである。付言すると、この3年前に神戸で5人の小学生を殺傷した「少年A」も、この年、17歳になっていた。

そして、『デリシャス・ウェイ』発表当時の倉木麻衣もまた「17歳」だったのである。


もちろん、倉木本人は同世代が起こした凶悪事件とは無関係であるし、この年に事件を起こした犯人の皆が皆17歳だったわけでもない。とはいうものの、「社会に歓迎されるのは少数の若い女であり、大多数の若者は歓迎されない」時代に、当時「17歳」の倉木麻衣のアルバムがベストセラーになった。これは一つ象徴的であると思う。今作が「倉木麻衣個人とはかけ離れたところで、2000年という年を象徴する」と前言したのは、そういうことである。

それが何を象徴していたのか? その象徴性にはどんな意味があったのか? 大人達は考えることをやめていた━━「殺人は殺人で、狂人は狂人だ。頭のおかしい奴なんて、どこにでもいる。彼らは誰かが法で裁いてくれるさ。それでお仕舞いじゃないか。それ以上の何ができる? 嫌なことはさっさと忘れようじゃないか」と。一方、若者は不安と混乱の中で怯え、その声にならざる声を全国でこだまさせた。その中で20世紀は終わった。


倉木麻衣公式サイト





 

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