今回のお題は、三人組音楽ユニット「グローブ」の最初のスタジオ・アルバム『グローブ』です。発売は九六年三月。余談ですが三月は私の誕生月でもありまして、この年の干支は子(ねずみ)でしたから、この頃私は生まれて初めて「年男になること」を体験していたんだなと、ふと思いました。時期的には、小学校卒業という節目にうきうきしていた頃ですけども(小学校がイヤだったとかではなくて)。
閑話休題。
二〇二〇年代半ば現在にあっては、こういうセルフタイトルを冠したアルバムというのは(わりと)レアかもしれません。五六年三月にリリースされたエルヴィス・プレスリーの『エルヴィス・プレスリー』を筆頭に、昔は「ファースト・アルバムは一般人に対しての名刺みたいなものだから、セルフタイトルを付ける」という考えがある程度当たり前だったんです。YMOの『イエロー・マジック・オーケストラ』とかドリカムの『ドリームズ・カム・トゥルー』とか、ビーズの『ビーズ』とか桑田佳祐の『ケイスケ・クワタ』とかスピッツの『スピッツ』とか、挙げていくときりがありません。ここ十年以内でも、緑黄色社会の『緑黄色社会』(二〇一八)とかありましたけれど。
グローブの中心人物は小室哲哉ですが、この人は良くも悪くもYMO(というか坂本龍一)から多大な影響を受けたミュージシャンですから、YMO同様に「ファースト・アルバムにセルフタイトルを冠する」を、自身が三十代後半になる頃(九〇年代半ば)にやりたくなったんだろうなと思います。それだけの自信と自負が本作にはあったんだろうな、とも。
と、立て続けに語ってきましたけど、当時をリアルタイムで過ごしていない人や、小室やグローブのことをよく知らないという人には「なんのこっちゃ?」だと思いますので、順を追って説明していきましょう。
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グローブはヴォーカリストのケイコ、ラップ担当のマーク・パンサー、そしてキーボード兼音楽プロデューサーの小室哲哉から成る三人組で、一九九五年にシングル「フィール・ライク・ダンス」でデビューしました。この曲はドラマ主題歌に起用されたこともあって、オリコンの週間シングル・チャートで最高三位を獲得。まずまずのスタートを切ったわけです。
『globe』
1996年3月31日発売
avex globe
01. GIVE YOU
02. Feel Like dance
03. GONNA BE ALRIGHT
04. DEPARTURES (Album Mix)
05. Regret of the Day
06. Joy to the love
07. SWEET PAIN (New Version)
08. Always Together
09. Precious Memories
10. FREEDOM (No Edited)
11. MUSIC TAKES ME HIGHER
12. LIGHTS OUT
作曲、編曲、プロデュース:小室哲哉
グローブ結成に至るまでマークはモデルを、ケイコは西日本で会社員をしていて、音楽の世界に籍を置いていたのは小室だけでした。早稲田大学に通っていた学生時代にミュージシャンとして活動を開始した小室は、八四年にデビューしたTMネットワークというユニットのリーダーとして活躍する傍ら、渡辺美里や中山美穂など他の歌手への楽曲提供も旺盛にこなし、九〇年代に入ると、ポピュラー音楽界隈で音楽プロデューサーとして存在感を大きくします。九四年、TMネットワークはその活動を「終了」し、小室は音楽プロデューサーとして裏方に専念するのかと思いきや、自身をメンバーとして擁するユニットを翌九五年に発表します。それがグローブなんです。世間からの期待値が高かったことは言うまでもないでしょう。
一九五八年生まれの小室哲哉は、ミュージシャンとしては「シンセサイザーを駆使する鍵盤奏者」と形容できるでしょう。彼は一九八〇年前後に活躍したYMOの鍵盤奏者=坂本龍一からの影響を陰に陽に受けていたわけですが、そうは言っても、九六年当時の私はTMネットワークもYMOも皆目知りません。小中学生時代の私にとって小室哲哉は、単に「売れっ子音楽プロデューサー」でしかなかったのです(今と違ってネットもウィキペディアもなかったですから、彼のキャリアなど知る由もありません)。
グローブは九五年にデビュー後、翌九六年三月にかけて五枚シングルを発表。いずれもオリコン週間チャートで三位以内をマークするヒットとなりました。そして三月末日、それまで出したシングル楽曲を網羅した自身初のスタジオ・アルバムを、満を持してドロップします。それが本作『グローブ』です。
このアルバムはめちゃくちゃ売れました。オリコン週間チャートで計六週一位を獲得、同チャートの(九六年)年間ランキングでも一位に輝いて、売上枚数は四百万枚超え。当時最も売れたCDアルバムだったんです。この翌年あたりからベスト・アルバムなどいわゆるコンピレーション盤がブームになり、今作の売上をすいすいと抜くアルバムもちらほら出てきますが、今でも売れた国内盤のランキング上では七位の座にあります。
当時、私はポピュラー音楽に興味を持ち始めた頃でしたが、自分でCDを買うとか借りるとかはありませんでした。住所が住宅街でしたから、行動範囲内にCDショップがなくて、どこでいくらでCDが買えるのかとかもよく分かっていなかった。ビデオみたいにレンタルができる店も当時は周りになかったし。ツタヤで初めてCDをレンタルしたのは中二の時、たしかGLAYの「口唇」(一九九七)を借りたんじゃなかったかな。そもそも当時は、「アルバム」という概念が頭になかったですよね。あの時代の私にとってアルバムといえば、それはフォト・アルバムとか卒業アルバムを指す言葉だった。
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何が言いたいかというと、私は決してグローブの熱心なリスナーではなかったし、リアルタイムで本作、あるいは本作に収録されているシングルを手に取ることもなかったわけです。それでも「フリーダム」や「ディパーチャーズ」など、本作のシングル曲はいずれも馴染みがある。サビ(コーラス)を聴くと、「あ、知ってる!」となるんです。たぶんテレビやラジオを通して聴いたことがあったんでしょうけれど、なんだか不思議な感じがします。言い換えると、彼らの楽曲はそれだけ当時の世の中に深く浸透していたわけで、そういう点でまぎれもない「ポピュラー」音楽だったんだなと思います。