今年(2022)の10月19日にリリースされた、サザンオールスターズのメンバー原由子の4枚目のスタジオ・アルバム。本作を簡潔に表すとこうなるでしょう。最初、彼女がスタジオ盤を出すとの報を聞いたときは、いささか驚きました。なにしろ彼女が前作━━つまり3枚目のアルバム『マザー』を出したのは1991年、なんと31年前です。だからたぶん彼女はもうアルバムを出さないだろうと高を括っていたといいますか。生きているといろんなことがありますね、ほんとに。
原由子は1956年、神奈川県横浜市の天ぷら屋の娘として生まれました。のちの伴侶となる桑田佳祐と出合ったのは大学生の時。彼と共にバンド「サザンオールスターズ」のメンバーになりました。担当楽器はキーボード。バンドは1978年に当時のビクター音楽産業からメジャー・デビューし、以降、現在まで全国的に人気を博し続けています。
桑田のプロデュース下で原は1981年にソロ歌手としてデビューします。翌1982年には桑田と結婚。サザン本体の活動や、出産や育児にまつわる休業がありながらも、彼女は80年代に、ソロ歌手として9枚のシングルと2枚のスタジオ・アルバムを残しました。そしてそれらの活動には常に「桑田佳祐」が何らかの形で携わっていました(本作でも桑田は随所で参与しています)。
いくつかの資料を徴するに、どうも原由子という人は自身のソロ活動に対してそんなに積極的ではないように見えます。彼女はあくまで「バンドの一員」として、アレンジメントに腐心したり、音楽的アイデアを交換したりすることに無上の喜びを感じるのであり、自分が前に出て脚光を浴びるなどは、そんなに望んでいないのではないか。そう思わせるフシがあります。
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『婦人の肖像(Portrait of a Lady)』(通常盤)
2022年10月19日発売
ビクターエンタテインメント
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01. 千の扉~Thousand Doors
02. オモタイキズナ
03. Good Times~あの空は何を語る
04. 旅情
05. スローハンドに抱かれて (Oh Love!!)
06. ぐでたま行進曲
07. 夜の訪問者
08. ヤバいね愛てえ奴は
09. 鎌倉 On The Beach
10. 初恋のメロディ
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彼女をソロ歌手として成り立たせたのは、桑田のプッシュとサポートがあってのことでしょう。彼女には豊潤な音楽的才能がある。桑田はそう公言します。サザンや桑田のソロ楽曲を編曲する際に、彼女のセンスや技術は多大な貢献をしてきた。加えて、彼女はシンガーとしても優れている。だからその卓越した才能を、バンドや桑田のためばかりではなく自分のためにも使ってほしい。彼女の音楽的才能を誰よりも近くでひしひしと肌身に感じてきたであろう桑田は、そう願ったのだと思います。
「気持ちは分かるけど、でも━━」と、ここでは(僭越ながら)疑義を呈したいと思います。「才能って、本来、自分のために用いるものではないのでは」と。
英語に明るい人には先刻ご承知のように、才能のことを英語では「ギフト」と言ったりします。それは「贈り物」なんですね。本来的にそれは自分のものではない。である以上、そこには「返礼の義務」が含まれているはずです。たとえば、あなたが知人から誕生日プレゼントをもらったとしたらどうでしょう。それがどういうものであれ、大多数の人は「じゃあ、あの人の誕生日には何かお返しをしないとな。何がいいかな」と考えるのではないでしょうか。
私は才能にも、それがあてはまると思います。
才能とは、自分のものではなく、誰かからの贈り物です。しかし「贈り手」が分からない。だからその才能は、とりあえず自分以外の誰かのために使う━━つまり自分以外の誰かに、別の形で「贈る」しかないのです。それが本来的なあり方であろうと思います。それを渋って利己的な形で才能を浪費する人は、そんなにハッピーなことにはならない。なぜかは知りませんが、人間において才能とは、どうも「そういうもの」だと思われるのです。
原もたぶん、そういうものと感じているのではないでしょうか。だから自らが持つ音楽的素養をバンドや夫君のために惜しげもなく捧げ、そのことに喜びを見出してきたのではないかと。
しかし2020年以降、新型コロナウイルスの爆発的流行により、人と人とが密になることが憚られるようになりました。バンド活動や集団での音楽制作は従前のようにできなくなった。多くの人が蟄居生活を余儀なくされましたが、原も同様だったらしく、それで彼女はソロでの音楽制作に向かうことになったのでしょう(その意味で本作は「コロナ禍」の賜物かも知れません)。
ただ、どういう制作経緯があるにせよ、本作は、原があちこちのテレビ番組に出演するなど大々的なパブリシティーを展開したにもかかわらず、大して民衆の支持を集めませんでした。オリコンのアルバム週間チャートでは最高4位、売上は約5万枚です。サザン作品のセールスには遠く及びません。
もちろん、だからと言って本作や原のソロ活動を否定することはありません。でも、この不振の底流には、聴衆からの「原さんの音楽的才能は、ソロよりもサザンのために使ってほしい」という旨の提言が含まれているなどはないのでしょうか? 個人的には、そういう可能性を少し考えてしまうのですが。