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『hide BEST ~PSYCHOMMUNITY~』
「hideを聴いたことがない人にとって最適な入門編」

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『hide BEST ~PSYCHOMMUNITY~』
2000年3月2日発売

ユニバーサル ビクター

01. ROCKET DIVE
02. DICE
03. 限界破裂
04. 50% & 50%
05. EYES LOVE YOU
06. FLAME
07. ピンク スパイダー
08. LEMONed I Scream
09. Hi-Ho
10. Beauty & Stupid
11. DOUBT
12. GOOD BYE
13. ever free
14. D.O.D. [DRINK OR DIE]
15. POSE
16. TELL ME
17. BREEDING
18. MISERY

青い下線は執筆者推薦曲を表しています。

作詞、作曲、編曲:hide
作詞:森雪之丞 (on trk. 4 & 5)

『hide BEST ~PSYCHOMMUNITY~』は、hideの初のベスト・アルバム。2000年3月初頭にリリースされ、オリコン週間チャートで1位を獲得、同年間チャートでも35位に就くなど好記録を残した。なお、収録されている全曲を本作のためにリマスタリングしたのは(つまり各曲の音の質感や粒立ちを総体的に整えたのは)エンジニアの小泉由香女史。

当今、過半の人は「hide」と聞いてもピンとこないかもしれない。あるいは彼がギタリストを務めていたX JAPAN自体、今となっては知名度がそんなにないかもしれない。X JAPANの代表者YOSHIKIにしても「YOSHIKIって、あのグラサンかけて大仰にピアノ弾く金髪の人?」程度の知名度かもしれない。どうなんだろうね。夏の甲子園(高校野球)では毎年、必ずと言っていいほど、どこかの高校のブラス・バンドが「紅」を演奏するが、あの曲を作曲したのがYOSHIKIなんだよ━━と言えば、いくらかの了解が得られるだろうか。

そんな現状を考え、まずはhideって何者なの? という所から話を始める。

この「hide」は言うまでもなく芸名で、彼の本名は松本秀人、'64年神奈川県生まれのミュージシャンである。若かりし頃に欧米のロックに触れ、ロック・スターに憧れた松本少年は、やがて地元を中心にロック・ギタリストとしての活動に勤しむようになる。そうしてhideはYOSHIKIと知り合い、勧誘を受け、X(1992年にX JAPANに改称)に加入する。

1989年、Xはメジャー・デビューを果たす。しかしその活動は1992年頃から停滞気味になった。原因はいろいろあった。ベーシストの脱退やYOSHIKIの体調不良など、まぁいろいろ。ともあれhideとしては、そうした「停滞」に翻弄されてばかりもいられない。彼はXに裏方マニピュレーターとして携わっていた稲田和彦(通称「I.N.A」)と組み、1993年にMCAビクターからソロ歌手としてデビューする。

「ソロ歌手」と「Xのギタリスト」の並行━━hideはしばらくそれを続けて、しかし停滞気味であったXは、'97年にとうとう解散に至る。エンジン・トラブルを頻繁に起こしていた車が、何をしてもウンともスンとも言わなくなったかのように。

母体であったXの解散を受け、hideは本格的にソロ歌手としての活動にシフトする。それが1998年。年頭にリリースされたシングル盤「ROCKET DIVE」からは歌手名も「hide with Spread Beaver」に改め、心機一転、さぁここからhideの第2章が始まる━━というタイミングで、不幸な事故が起きた。肝心のhideが急逝してしまったのである。死因は「事故」とも「自殺」とも報じられた。容易には断定できない状況だったのであろう。どうあれ、確かなことは、1998年5月2日、彼は帰らぬ人になったということである。


彼の訃報は、和歌山の毒物混入カレー事件や淀川長治の訃報と並んで、同年の重大事件となった。彼の告別式には数万人のファンが訪れ、3キロ前後の列が隅田川沿いにできたと言われる。一方、商業面ではこれがプラスに働いた。訃報によってhideへの注目度は生前よりも格段にUP。彼の没後間もなくリリースされたシングル盤「ピンク スパイダー」は、彼のシングルとしては最初で最後のミリオンセラーとなった。

彼の死から2年。2000年にhideの生前の楽曲を濃縮したベスト盤を出そう。hideを聴いたことがない人にとって最適な入門編となるアルバムを。レコード会社のそうした提案を受け、hideとほぼ二人三脚で音楽制作をしてきたI.N.Aを中心に、何度も入念に選曲がなされた。選曲の際の柱は2本。シングル曲もアルバム曲も関係なく、初心者にマストだと思う曲を入れる。そして、hideが生きている間に完成した曲だけを入れる━━つまり、彼の没後、仲間が手を加えて完成にこぎつけた曲は外す、というものであった。

試行錯誤の末、曲順が決定。稲田と小泉技師が、ああでもないこうでもないと丸々2日間もかけたという、こだわりのリマスタリング作業もなんとか無事に終わった。そして、梅は散ったものの寒さがまだ残る3月初頭、晴れて本作は全国の店頭に並んだ。


それにしても、なんでこの時期にベスト盤だったのか? 今となっては詳細はわからない。ただ、hideが所属していたMCAビクターは、'90年代後半にはユニバーサル ビクターになっていたから、さもありなん、と個人的には思ってしまう。何を言っているのか? そう思われる方は、スピッツの自伝『旅の途中』を読んで頂きたい。彼らのベスト盤『RECYCLE』と本作は、発売時期が3ヶ月弱しか違わないのである。






 

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