こんにちは、皆さん。本日のお題は、ジャズ・ピアニストの南博が2004年にリリースした『タッチズ&ヴェルヴェッツ』です。この全5曲入りのミニ・アルバムをプロデュースしたのは、南と深い縁を持つ菊地成孔。同盤の解説で菊地は南のことを「敬愛するピアニスト」と紹介しています。
南博は1960年、東京生まれ。1991年にバークリー音楽大学を卒業し、以降、ジャズ・ピアニストとして国を問わず活躍してきました。南のピアノは菊地の言う「粋」を体現したものであるらしく、菊地は自身の代表作『南米のエリザベス・テイラー』(2005)他、様々なセッションで、南を起用してきました。
では菊地成孔とは何者か。菊地は1963年、千葉生まれ━━つまり南よりも3歳年下のジャズ・サックス奏者です。菊地はアメリカのバークリーには通わず、日本の音楽学校を出て、主に日本で活躍してきました。たとえば、黄色5が2000年にリリースした「黄色いお空でブーム・ブーム・ブーム」には、菊地がサックスで参加していたりします。
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『Touches & Velvets』
2004年10月21日発売
ewe records
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01. B Minor Waltz
02. Scrapple from the Apple
03. Madrugada
04. Quiet Dream
05. Closing Velvets
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菊地は南と出会い、そのピアノに惚れ込みました。やがて21世紀初頭、菊地は南のピアノを最大限に活かしたアルバムを、自身がプロデュースする形で作りたいと考えます。南のそれまでのディスコグラフィには、菊地が納得できる作品がなかったのでしょう。
そこで本作にA&Rとしてクレジットされているレコード会社のディレクター高見一樹(1963-)と、南と、菊地の3人で企画が綿密に練られました。どういうアルバムが南のピアノを最も輝かせるか。自分達は、南のどういったピアノを聴きたいか。その一部始終は、本作に封入されている解説文で確認できます。
興味深いのは、ここで本作のテーマに「1950年代のニューヨーク」が選ばれたことです。確かに、ジャズが好きな人にとっては、1950年代のニューヨークというのは、多少なりとも憧れを馳せるものでしょう。ブルーノート・レーベルが1939年に同地で開設され、その黄金期を迎えたのが1950年代。そこにはソニー・ロリンズがいて、セロニアス・モンクがいて、ジョン・コルトレーンがいて、帝王マイルズ・デイヴィスとキャノンボール・アダレイのセッションもあった。このメンツにはちょっと太刀打ちできないだろう、というような豪華ラインナップです。
1940年代にビバップの勃興があり、1950年代にはハード・ビバップからファンキーへ、そしてモード・ジャズへと時代は移ろいました。ジャズに興味のない人には「何が何やら」でしょうが、要するに、ジャズの歴史にとって1930~50年代は重要な意味を持つ、ということですね(その前後がどうでもいいってわけじゃありませんが)。
ここで肝心なことは、南も菊地も高見も「その時代をリアルタイムで過ごしていない」ということです。彼らが生まれ育ったのは1960年代、日本で言えば高度経済成長期です。そこにはプレスリーの凋落と復活があり、ビートルズの伝説化と分裂があり、日本が「借金漬け」になるきっかけになった東京五輪があり、都はるみの活躍があった。三島由紀夫の右傾化があり、アポロ計画は真っ盛りだった。しかし、当然のことながら、1950年代は終わっているのです。そこに生まれた彼らには、遡及的に追体験するより他に、1950年代のニューヨークを把握するすべがない。なればこそ彼らには、その「自分達が体験できなかった時代」への憧れが強くあったのではないでしょうか。
個人的には、やはり1曲目の「B・マイナー・ワルツ」と、ラストを穏やかに飾る「クロージング・ヴェルヴェッツ」が好きです。甲乙つけがたい。仮想としての「1950年代のニューヨーク」━━その入口と出口にあたるこの2曲は、ともすればある種の
鎮魂曲に相当するのかもしれませんが、何度聴いても惹き込まれるです。