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『REAL』
ラルクの2000年、その「リアル」

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『REAL』
2000年8月30日発売

Ki/oon Records

01. get out from the shell -asian version-
02. THE NEPENTHES
03. NEO UNIVERSE
04. bravery
05. LOVE FLIES
06. finale
07. STAY AWAY
08. Route 666
09. TIME SLIP
10. a silent letter
11. ALL YEAR AROUND FALLING IN LOVE


青い下線は執筆者推薦曲を表しています。

備考:
アナログ盤、同日発売
SACD盤、2001年7月4日発売
『リアル』は、ラルクアンシエル(以下、ラルク)が2000年8月に出した8枚目のスタジオ・アルバム。前年の夏、彼らは『レイ』と『アーク』というアルバムを同時に出し、オリコン週間チャートで1、2位を独占した。それ以降に発表したシングル曲を洩れなく収録した本作は、2週連続1位を獲得し、ミリオンセラーとなった。

当時のラルクとは、どんな存在だったのか? 当時、大阪の片隅で高校2年生をしていた私にとっては「ちょっと前に流行った人達」だった。

1998年、ラルクのリリース点数は凄かった。アルバムを1枚、シングルを7枚である。これは今考えてもとんでもないペースである。2ヶ月に1枚はシングルを出していたことになる。とはいえ、ペースはそんなに均等ではなかった。なにしろ同年夏にシングルを3枚同時リリース、同年秋には2週連続リリース、といった感じだったから。話題性には事欠かなかったけど。

ラルクがメジャー・デビューしたのは1994年。そのときは「知る人ぞ知る存在」であったラルクが人口に膾炙したのは、間違いなく、猛リリースを決行した、この1998年であった。この影響力は凄かった。当時、大阪の中学3年生(受験生)だった私の周りでも、私を含め、ほとんどがラルクの曲を耳にしていた。CDを買わなくても、テレビやラジオで彼らの曲はがんがん流れていたから。学生服に身を包んだ幼き日の私は、教室の片隅で、「フォービドゥン・ラバー」について、級友諸君と取り留めもなく語らっていた。そんなことを覚えている。

流行れば廃る。1998年の反動というのもあってなんだろう、私の周りでは1999年の秋頃には、ラルク人気は下火になっていた。時代は浜崎あゆみやポルノグラフィティ、モーニング娘。など、新しいスターを迎えていたし、翌2000年には、それまでは存在感がそんなになかったサザンオールスターズなど「ベテラン組」もヒットを飛ばすようになる。そうした状況下で、「ベテランではないけど若手でもない」ラルクの存在感は、巷間で次第に小さくなりつつあった。

ラルクが「2000年には『ちょっと前に流行った人達』だった」とは、こういうことである。

さて、ラルクというバンドの中心は、ボーカルのハイドである。彼がバンドの統率を取ってきたわけではないけど、ほとんどの楽曲で彼は詞を書き、歌ってきた。その歌声こそがラルクになる。ラルクのドラムは、過去に入れ替わったことがある。けれど、ボーカルだけはおそらく替えが効かない。ハイドのいないラルクなどラルクではない━━ラルクを聴いたことがある人なら、ほとんどがそう思うはずである。

そのハイドは、自著『ザ・ハイド』(ソニー・マガジンズ、2012年)の中で、当時(2000年前後)のことをこう述懐する。

その頃、実は俺の中でL'Arc~en~Cielをやっていくのは、もう限界だと考えていたんだ。当時って、例えばミーティングで何をプレゼンされても、みんな、ジーッとして何も言わない。誰が何を持ってきても、みんな、そのままで何も言わない。俺も含めて。(略)様々な方向で刺々しくて、重い空気がもう何年も続いていて、誰もが様々な形で修復を試みてはいたけど、効果もなく、“諦め”が支配して“優しさ”を忘れていったんだ。(略)なんだかみんな、腫れ物を触るような感じだった。自分の中で限界だった
(同書、p102)

昔からL'Arc~en~Cielって近づきにくい雰囲気があったと思うけど、その頃は、さらに輪をかけて近づくのが大変だったんじゃないかな。俺としては、そういう雰囲気がもう肌に合わなかったし、(略)そういう意味では、『REAL』って、息が合ってるかどうかはわからないけど、L'Arc~en~Cielの歴史のクールな一面として聴く事が出来るんじゃないかな
(同書、p100-101)

職場を辞めたくなるときというのは、こういう感じではないか。特定の個人が嫌というより、その場に通うこと、その場の空気を吸うことが苦痛に感じる。ハイドの場合も、たぶんそうだったのだろうと思う。重々しい空気がバンドの内外に横溢し、それをどうにもできない無力感と徒労感が、疲れを余計に増幅する。そんな感じだったのではないかと。

『リアル』には、その「空気」がパッケージされている━━と断定はし得ないけど、おそらくそうなのだと思う。だからこそ、「リアル」というタイトルが冠されたのではないかと。もちろん、「そんな空気、パッケージされてもな」と思うところではある。ただ、逆から考えれば、そうする以外の方向性を採れないほど、当時の彼らは硬直し、手詰まっていたのかもしれない。

明けて2001年以降、ラルクは活動を停止、ハイドはソロ歌手として活動を始めた。



L'Arc-en-Ciel Official Website





 

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