米津玄師(1991-)は徳島県出身のシンガーソングライター。地元の高校を卒業後、自身のバンド活動と並行して、ヤマハの「ボーカロイド」を使って自主制作した楽曲をインターネット上に発表する、いわゆる「ボカロP」としても活動を開始。のち、2012年、自身の名義でソロ歌手としてデビューを果たした。
本作『ストレイ・シープ』は、米津が2020年8月に発表した彼の5作目にあたるスタジオ・アルバムである。スタジオ・アルバムとしては、2017年発売の『ブートレグ』より、ほぼ3年ぶりとなる。ドラマ主題歌としてヒットしたシングル「馬と鹿」や「レモン」を収録していることもあり、発売された当初から大ヒットを記録。同年10月には、売上150万枚を突破し、台湾と韓国では現地版CDの発売が決定との一報が舞い込んだ(徳島新聞2020年10月13日)。
アルバムとしてはCDのみの通常盤の他、特製キーホルダーが付いた「おまもり盤」と、96ページに及ぶブックレットと前年開催のコンサート映像を付けた「アートブック盤」の計3種類でのリリース。とはいえ、コンサート映像のディスクはDVD版とブルーレイ版がそれぞれあるため、厳密には4種類での販売となる。
で、こうなると、コアなファンは「おまもり盤」と「アートブック盤」の2種類は買わないといけない、いわゆる「複数商法」に該当することになる。そういう批判もなくはないだろう。しかしそれにしても、すっかり「CD不況」が定着したポピュラー音楽業界において、ベスト盤でもないスタジオ・アルバムが150万枚以上のセールスを叩き出すのは快挙であろうし、異例的と言っていいと思う。
含まれる楽曲は15曲。2018年から2020年にかけて制作された楽曲が並ぶ。2020年に流行したCOVID-19による、いわゆる「コロナ禍」の影響を受けて書かれた曲もあるという。なるほど、確かに「なんらかの事情で分断された人」が歌詞世界の中で描かれている、そういう曲が多いと思う。2018年に発表された「ティーンエイジ・ライオット」ですら、以下のように歌っている。
「何度だって歌ってしまうよ どこにも行けないんだと だからこそあなたに会いたいんだと 今」
「コロナ禍」とは突き詰めれば、「人と人が半強制的に分断される」であったと言えるだろう。そういう点で本作は「2020年を象徴するアルバム」足り得ると思う。しかし米津は歌詞を書くだけの作詞家ではなく、楽曲のアレンジをするアレンジャーでもある。よって、私の話は編曲つまりアレンジメントのほうに向かう。
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『STRAY SHEEP』
2020年8月5日発売
SME Records
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01. カムパネルラ
02. Flamingo
03. 感電
04. PLACEBO + 野田洋次郎
05. パプリカ
06. 馬と鹿
07. 優しい人
08. Lemon
09. まちがいさがし
10. ひまわり
11. 迷える羊
12. Décolleté
13. TEENAGE RIOT
14. 海の幽霊
15. カナリヤ
※青い下線は執筆者推薦曲を表しています。
全作詞、作曲:米津玄師
プロデュース:米津玄師
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本作で米津は、単独での編曲を極力控え、実に15曲中12曲で大阪府出身の音楽家、坂東祐大と共同名義で編曲をしている。坂東はクラシックやコンテンポラリー(現代音楽)で活躍する音楽家であるが、私は坂東の生年月日に関心を持つ。というのも、彼は1991年1月の生まれなのである。つまり、米津と同学年(米津は1991年3月生まれ)。
それで私は、やや安直かも知れないが、「もしかしたら本作は米津なりのコンテンポラリーが裏テーマなのかも知れないな」と思うのである。
と言っても、私は現代音楽にはまるで通暁していない。現代音楽といえば、「クラシックに先鋭的な風味を加えた音楽」くらいのイメージしか持っていない。なので、そのイメージだけで語るのだが、本作の楽曲には、一筋縄では行かない「なんじゃこりゃ?」なアレンジメントが目立つように思う。たとえば、「海の幽霊」のボーカルに掛けられたエフェクトとか。こういう仕掛けを施すセンスに、コンテンポラリー(現代音楽)に通じる「先鋭性」がある、と言えるかも知れない。
加えて、コンテンポラリー(という単語)には、名詞として「同時代の人」や「同期生」という意味もある。本作において、坂東が担った役割は、おそらくかなり大きい。少なくとも、米津にとってはそうだったのではないかと思う。だからこそ坂東はほとんどの楽曲で編曲を任されたのであろう。米津にとって坂東はまさに「同期生」で、それで私は「コンテンポラリーが裏テーマなのかも知れないな」と思ったわけである。