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■ 3月31日から4月29日にかけて、時計をフィーチャーいたします。







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『The Sound Of Life』
個人的でささやかな回復の音楽

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これを書いているのは2022年12月。折からの強力な大寒波が日本列島に訪れている。外を見渡すと、空はおおむね青く晴れているものの、東の稜線には暗めの雲がかかり、寒風はきつい音をこれでもかと立てて傍若無人に吹いている。今日の大阪の最高気温は5度くらいだという。公園では小学生くらいの子供達がボールを蹴って遊んでいる。陽気な洒落声と、風の音と、たまに低くうなるバイクの排気音、そして本稿のためにぱちぱちと打たれるキーボードの音。それらの音に囲まれて、気が向いた時には微温になったレモン・ティーをゆっくりすする。

特に大した音はひとつもない。至ってありふれた、どこにでも鳴っているような、日常的でささやかな音ばかりと言っていいだろう。でもこういう音が日々の生活を成り立たせている。もしこうした音がぱたりと聞こえなくなったら、私の心は多少なりとも落ち着かなくなるだろう。そういう気がする。ちょうどコロナ禍の初期に、町から人影や物音がなくなった時のように。

『ザ・サウンド・オブ・ライフ』の音楽は、私にとってはそういう何気ない音と密接にリンクしたもののように思える。どこまでも日常的で、どこまでも普遍的で、どこまでも「あたりまえ」のものとして鳴っている音楽というか。

再生ボタンをおす。水が滴る音と、アンプラグドなギターの音。やがてチェロやピアノの音も聴こえてくる。奏でられる音楽は、耳を通してそっと訪れる。まるで熟睡している家人を起こさないよう、夜更けに足音を立てずに注意深くキッチンに飲み物を取りにいく凡夫のように。

それはもしかしたら、ゆるやかな雨が降る日に、何人かのミュージシャンが、どこかのちょっとした小部屋━━学校の教室かもしれない━━で寄り合って、あるテーマに沿う形で、即興的にそれぞれの楽器でそれぞれが鳴らすべき音をめいめいに探求しているように聴こえるかもしれない。肩肘をはることなく、気負うことなく、個人的に、思索的に鳴らされた音。


『The Sound Of Life』

2022年12月14日発売
ポニーキャニオン

01. Sound of Rain
02. Letter from S
03. Red Sky
04. When I Comb Her Hair
05. Pray for Ukraine
06. Ice on the Trees
07. A Man Has No Place
08. Bercy
09. Early Summer
10. In the Twilight of Life (featuring Donna De Lory)


備考:
CDのみの「通常版」と、
インタヴュー映像などを収録した
ブルーレイ付属の「CD+ブルーレイ版」の
2種類で販売
本作はロック・バンドGLAYのギタリスト、TAKUROの3枚目のソロ・アルバムである。とはいっても、別に彼が唄っているわけではない。ギターをここぞとばかりに轟音で響かせるわけでもない。その点では、ロック・ギタリストのソロ・アルバムには珍しいタイプの作品かもしれない。

今年2月、冬季オリンピック大会が終わるやいなや、ロシア(旧ソ連)が隣国ウクライナへの侵攻を開始した。ウクライナは1991年のソ連崩壊に伴って連邦から独立した国だから、もしかしたらソ連時代の遺恨がロシアにはあったのかもしれない。ただ、世界における大多数の人は、戦争など望んでいない。それは世界秩序を混沌とさせ、被害者に理不尽な痛手を多く負わせるのみならず、加害者となる兵士の精神をも深く長く蝕むものだからである。

国を問わず、多くの人がロシアの暴挙に心を痛めた。TAKUROも例外ではなく、彼は戦争によって激しく揺さぶられた心をなんとか落ち着かせようと、ピアノで音楽を作りはじめたという。彼はいくつかのGLAY楽曲を披露する際、ギターではなくキーボードを弾いていたから、ピアノにも多少の馴染みはあったのだろう。曲を作るなら、専らにしているギターでもいい。でもその時の彼は、おそらく本能的にピアノを求めていた。そうして作曲されたものを、身近にいる優れた音楽家と連携して形にしたのが、本作である。

だからか、今作は以前の作品と大きく印象が異なる。ギタリストとしての憧れを彼なりに追いかけたのが、これまでの彼のソロ活動だった。しかし今回の彼は、何にも憧れていない。あくまで個人的に求める音を、個人的な範囲で音楽にした。『ザ・サウンド・オブ・ライフ』が伝えるのは、そうしたささやかでパーソナルな営みである。

戦争はある意味でコロナ禍と似ている。どちらも「人々の日常を理不尽に奪うもの」と言っていいだろう。また、彼が試みた自身の平静を取り戻そうという営みは、そのまま「日常を回復しようとする営み」でもある。だから、そこで希求される音楽は、必然的に「ザ・サウンド・オブ・ライフ=生活の音」になるのだろう。どこまでも日常的で、どこまでも普遍的で、どこまでも「あたりまえ」のものとして鳴っている音楽。


ジャケットの絵を描いたのは、彼と高校時代からの付き合いであるGLAYのヴォーカリストTERUだという。個人的で、それゆえに等身大であるような本作(の音楽)には、これ以上ない人選と絵だと思う。


GLAY公式サイト





 

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