九六年のオリコン週間アルバム・チャートに徴するに、ミスチルの『
深海』が一位を獲った翌週、相川七瀬の『
レッド』が一位の座を奪っている。どちらも先日取り上げたばかりだが、そうかこれらはほぼ同時期に出たんだなと改めて思い知らされる。では更にその翌週はというと、ご賢察の通り、本作が一位に輝くのである━━ザードの七作目のスタジオ・アルバム『トゥデイ・イズ・アナザー・デイ』が。
九六年、あるいは二〇〇六年あたりであれば、この前置きからすんなり本題へ話を進めてよかっただろう。ただし今は(望む望まずにかかわらず)二〇二六年であるからして、いささかの説明を稿の序盤に差し込む必要があるかなと、個人的には思う。

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『TODAY IS ANOTHER DAY』
1996年7月8日発売
B-Gram RECORDS
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01. マイ フレンド
02. 君がいたから
03. サヨナラは今もこの胸に居ます
04. LOVE -眠れずに君の横顔ずっと見ていた-
05. DAN DAN 心魅かれてく
06. 眠り
07. 心を開いて
08. 突然
09. 今日も
10. Today is another day
11. 愛が見えない
12. 見つめていたいね
作詞:坂井泉水
プロデュース:坂井泉水
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今も昔も「ザードって何?」と訝る人は一定の割合でいるはずである。そんなわけで、検索エンジンでザードを検索すると、十中八九、黒いロングヘアーの女性が出てくる。おお、彼女がザードなのか? しかし彼女は「坂井泉水」である。はい? てことはこの坂井泉水が歌手活動をする際の名義がザードなのか? そう考えておかしくないが、坂井はそもそも歌手以外の━━たとえば女優や絵本作家などの━━活動をしていない。彼女は歌手業に専念したまま、二〇〇七年五月、四十歳を迎えたばかりの初夏に不慮の事故で、惜しまれつつ他界した(この頃に生まれた子が来年にはもう二十歳になるのだから、月並みながら時の流れはめっぽう早い)。
ではザードと坂井泉水との違いはなんなのか? 実のところ、私もよく分からない。公には「坂井泉水を中心とした音楽ユニット=ザード」らしいのだが、坂井以外のメンバー(と呼ぶに価するミュージシャン)が今一つ明瞭でないので、どうとも言えないのである。私の認識では、昔から「ザード=坂井泉水」なのだけれども。
ザードがデビューしたのは一九九一年。この時代は「トレンディ・ドラマ」という言葉が広く使われたくらいテレビドラマが人気を博し、老若男女に多大な影響を与えた。ポップス界隈では「ドラマ主題歌に採用されること」が「ヒットすること」とイコールになり、そういう不文律が歌謡界を席巻する。それに則ってということだろう、ザードのファースト・シングルはドラマの主題歌に採用されたのだが、そこまで目立ったヒットにはならなかった(それでも約二十万枚を売り上げたわけだが)。この年、小田和正やチャゲアスや大江千里がドラマ主題歌を担当して浴びた脚光に比べれば、世のスポットライトはザードにほとんど当たらなかったと言っていいはずである。
翌九二年八月、四枚目のシングル「眠れない夜を抱いて」を発表。この曲が長期的にヒットし、翌月に出たサード・アルバム『ホールド・ミー』もオリコン週間アルバム・チャートで初めてトップ・テン入りを果たすほどの大ヒット。ザードは一躍スターになった。そして『ホールド・ミー』は累計百万枚以上を売り上げ、翌九三年に出た四枚目のアルバム『揺れる想い』と、更に翌年の五作目『オー・マイ・ラヴ』はそれぞれ二百万枚超えの特大ヒットを記録する。
世に言う「CDバブル」の時代だったとはいえ、誰も彼もがミリオンヒットを飛ばしたわけではない。むしろ大多数の歌手はヒットしても数十万枚が関の山という感じで、たとえばこの時期に出た坂本冬美の代表曲「夜桜お七」の売上枚数は、十五万枚くらいであった。ミリオンセラーは少数派のものだったわけだが、ザードは疑いの余地なくその少数派の一組であり、彼女の唄声は日本中で愛聴された。
大半の場合、ザードの楽曲の作詞は歌い手である坂井泉水が担当していた。坂井の年齢の話をすれば、二〇〇七年に四十路ということは、九七年に三十路。つまり九二~九四年、ザードの楽曲には二十代半ばの女性の心情や感性が歌詞として表現されていたということである(ちなみに先ほど名を挙げた坂本冬美は、坂井泉水と同い年である)。
生きていれば誰でも齢を重ねる。坂井が書く女性像も徐々に「成熟した大人の女性」へとシフトするわけで、彼女が三十歳になった年(九七年)にリリースされたシングル「永遠」はその分かりやすい節目であったろう。また、同年のシングル「君に逢いたくなったら…」には「♪遠い将来がこんなに 早く来るとは 思わなかった」という一節が出てきたりもする。だから何だというと、九六年に出た本作は、坂井にとって二十代最後のアルバムであり、大人の女性になっていく「移行期」の作品でもあり得たということである。
個人的には、九曲目の「今日も」が本作の白眉だと思う。表題になった「トゥデイ・イズ・アナザー・デイ」は、おそらく英語圏の慣用句「トゥモロー・イズ・アナザー・デイ」をもじったもので、「今日は今日でまた別の新しい一日である」と語釈できる。つまり比較的前向きな意味が汲み取れるのだが、それをただ単純なポジティヴ楽曲にはしない、ある種の苦みがこの「今日も」にはある気がする。この曲と地続きで表題曲が再生されることで、表題曲に豊かな厚みが宿るというか。まぁそういう御託を抜きにしても、初めて本作を聴いた十代の頃からこの「今日も」が極私的に大好きなんだけれども。
本作はオリコン週間アルバム・チャートで初登場一位、累計で一六〇万枚以上を売り上げた。二〇二一年にはザードのデビュー三〇周年記念で、リマスター盤が発売されている。