傘の歴史は、さかのぼれば何千年前の話になるほど、存外に古いが、大まかに分ければ、日本にある傘は洋傘か和傘、と言えるだろう。使われる骨の数や傘布が違ったりするわけだが、現在、日本人の多くに馴染みがあるのは、洋傘のはずだ。私がうかがったことがある家の傘たてで、和傘を見たことがない。残念ながら、日本の伝統は、今では日本人の生活様式に溶け込んでいないということだろう。
国内の生産の現場で、洋傘が和傘を量的に上回ったのは、昭和中期だとされている。戦後、国民の生活の洋風化にしたがってのことだった。東京に佇む前原光栄商店は、1948年に、前原光栄が傘メーカーから独立して開いた、高級洋傘作りの店である。

「前原光栄商店 前原傘 紳士用 ブルーグレー 焼籐」
直径: 101.5 cm
ただんだ時の長さ: 88 cm
重量: およそ 550 g
価格: 税込19,440円
当時、洋傘は、その形状から「こうもり傘」などと呼ばれていた。それだけ、洋傘がまだ一般生活において「異形」だったのだろう。そんな時代に高級洋傘の店を開いたのだから、これから洋傘が普及してゆくという、確かな先見の明があったに違いない。1963年には、前原光栄商店は、皇室からの用命を受けるにいたった。
今も職人の手作業で作られる、前原光栄商店のこだわりの傘。取っ手(同店では「手元」と呼ばれている)も寒竹やカエデなど11種類の木材から選べる。が、やはり傘の目玉と言えば傘布だろう。洋傘が現在の形になったのは、18世紀のイギリスでとされているが、ヨーロッパの雨と日本の雨では重さが違い、日本の雨は「重め」と言われている。
降る雨の質が違えば、自然と、雨を受け止める傘布も違ってくる。日本の雨を知るのは、日本の傘布のはずだ。実際、有名な海外ブランドの傘を、旗艦店で買おうとしたら、「これは海外製ですから、日本の雨に対しての保証はいたしかねますが、よろしいですか?」と訊かれた。前原光栄商店の傘布は、山梨県の富士山麓にある、伝統的な機(はた)で織られている。

「前原光栄商店 前原傘 紳士用 ブラック」
直径: 101.5 cm
ただんだ時の長さ: 88 cm
重量: およそ 630 g
価格: 税込 21,600円
さて、高級洋傘には、「心を育てる」役割もあると思う。雨上がりの町では、傘がボロボロになって使い捨てられているなど、傘のマナー悪化が問題視されている。昭和中期には、傘がそもそも高級品だったので、こんな問題はなかったという。使い手のマナーやモラルを育む一手として、高級洋傘を持つことは、有用ではあるまいか。