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大辻朝日堂のぐい呑み
錫器で一杯、どうですか?

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大辻朝日堂の錫製ぐい呑みについて記事を書き、公表したのは二〇一四年八月のことだった。そこから九年を経た今、その記事をリタッチしている(本稿がそれにあたる)。もちろん、その九年の間にはいろいろなことがあった。決してあっという間だったということはない。大阪北部地震があり、ウイルス禍があった。改元もあったし、個人的には何人かの女性との間でいろいろあった。ただ二〇一四年に自分が書いた(のだと思う、よく覚えてないけど)当の記事を読み返すと、つい時の流れのようなものを感じるのである。

というのも、大辻朝日堂はもう存在しないからである。

一九一二年(大正元年)に鹿児島県で創業し、薩摩錫器を作り続けてきた大辻朝日堂は、二〇一七年に閉業した。私が記事を書いて公表してから、そんなに経たないうちに先方は店じまいをしたことになる。そうか、あれからもう九年経ったんだもんな。そういうことがあっても不思議はないか。かような感慨が起こっても、無理はないだろう。

だからここでは、一応名目は「大辻朝日堂のぐい呑み」なのだけど、実際にはもう少し幅広く、錫から作られたぐい呑み(酒器の一種)について語ることになると思う。大辻朝日堂という固有名詞はもうないわけだから。

大辻朝日堂
ぐい呑み 手彫

容量:100 cc
価格:税抜5,000円(2014年当時)



「そんなテキトーでいいのか?」と詰問されても答えようはない。たぶん、あまり好ましくはないかもしれない。なにしろもう存在しないメーカーを表題に掲げて、しかも彼らについてはほとんど言及しないわけだから。しかしまぁ、書かれたテキストをどう受け取るかは、基本的には読み手一人ひとりに委ねられてしかるべき話であり、書き手がどうこう考えることではない。私はそう考える。イワシの頭部にしても、それをありがたがるか捨てるかは人によるわけだから。そういうものと思って気楽に(ドリンクでも飲みながら)読み流してもらえると嬉しい。

薩摩錫器は、その名のとおり錫(すず)を使って作られた食器である。現代の日本では、食器に錫を使う必然性など、ほとんどの人にないだろう。別にプラスチックでも陶器でもいいじゃないかと、多くの人が訝るはずである。敢えて錫の食器を持つ理由などあるのか。

錫器はイオン効果で内包する飲み物をキレイにするという。言うまでもなく、ここでいうイオン効果は、俗に言われるマイナスイオン効果とは異なるものである。マイナスイオン効果というのは、はっきり言って限りなく「インチキ」に近いものであるから。Sn2+イオン(水中で作られる二価の錫イオン)には微生物叢を強力かつ持続的に抑制する効果があると聞く。水中に雑菌が増えることで水は濁り腐っていくが、その菌を抑えることで、水をキレイな(美味しい)ままにしておけるということらしい。

かいつまんで言うと、水が入った錫器は、その水の中で雑菌が繁殖するのを、化学的な力で防ぐということである。夏場は雑菌の繁殖を気にする人も増えるだろうから、こういうのはセールス・ポイントになるかもしれない。

また、ものがぐい呑みである以上、保温性などを気にする人もいるだろう。錫の熱伝導率を示す値は約六四(W/mK)で、この値は、クロムニッケル鋼や洋銀などよりかは高いけれど、純銅(三六六)やアルミニウム(二〇四)には遠く及ばないというポジションにある。もし「熱伝導率が高い=良い」とするなら銅器を求めるべきなのだろうが、もちろんそういう話ではない。実はこの数字は低ければ低いほど保温や保冷に優れているらしいから、夏場などに冷酒をゆっくり飲みたい折に錫器は向いているのかもしれない。

と、ここまで「錫製のぐい呑み」について手短に述べてきた。しかしもう大辻朝日堂はないんだろう? だったら薩摩錫器もないはずで、錫器の特徴を今更説明されてもどうしようもないじゃないか。そう思う人もいるかもしれない。

確かに大辻朝日堂は二〇一七年に暖簾を下げた。それは事実としてしっかりあるのだが、かといって薩摩錫器がこの世界から姿を消したわけではない。大辻朝日堂が店を畳む前年、鹿児島県霧島市内に「薩摩錫器工芸館」という施設がオープンした。ここでは一般のシロウトも錫の食器を作る体験ができたりするし、県内には薩摩錫器を作る工房がまだあったりもある。それを鑑みれば、錫製のぐい呑みについて述べるのはリーズナブルではないか。

錫器というのは、別に鹿児島だけの特産品というわけでなく、大阪や富山でも作られていると仄聞するが、だからこそ他所の錫器と比較考量して薩摩錫器はどうかと感じたりもできるのである。


錫の殿堂 薩摩錫器工芸館





 

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