こんにちは。本日のお題は、ホンダが一九六七年に販売を開始したレジャー・バイク「モンキー」です。四〇代以上の男性だと、聞いたことがあるという人も多いかと思います。女性だとそんなに多くないかも知れません。別に、男女差別とかではなくて、このバイクにまたがる女性の姿が私にはうまく想像できないだけです。
と言うのも、モンキーって(ご覧のように)フォルムがちょこんとしているんですね。こういうバイクなんです。可愛らしいといえば可愛らしいのですが、女性がバイクに乗るとなると、ハーレーみたいな大きいバイクか、日常使いのスクーターかという印象が、個人的にはあるんですね。だから女性でモンキー乗りというのが、どうもイメージしづらいのです。
HONDA「モンキー・リミテッド(ゴールドメッキ仕様)」
全長:1,360 x 600 x 850 (mm)/排気量:50 cc
希望小売価格:税別239,000円(当時)
備考:1996年に5,000台限定で発売されたゴールドメッキ仕様
なんでこんな可愛らしいバイクなのか。聞く所によると、もともとはホンダが六〇年代の初め頃に、関東地区にオープンした遊園地「多摩テック」のアトラクションの遊具だったらしいんですね。今でも遊園地に行くと、子供向けに、パンダやゾウを象った(オモチャの)クルマがあるんじゃないでしょうか(昔は百貨店の屋上とかにもああいうのがありましたけど)。ああいうのから派生したバイクだと思ってください。
つまりモンキーとは、そもそもが「誰でも気軽に乗って楽しめるバイク」を期して造られたと言えます。であれば、老若男女を問わず、幅広く親しまれてもよさそうですが、ここにはあるピットフォールがあります。
遊園地は、「日常から離れて非日常を楽しむ所」だということです。
日本を代表する遊園地といえば、今年開業四〇周年を迎えた、千葉の東京ディズニーランドでしょうか。ともあれ、ディズニーランドを訪れた人は、日常ではなかなか採らない行動を採りがちです。ネズミの耳のカチューシャを付けて公衆の面前を歩いたり、普段は見せない面相を着ぐるみの前でさらして写真を撮ったりと、恥知らずというか、到底まともとは思えない行動パターンを彼らは自主的に着々と重ねます。
それはなぜかというと、遊園地に一歩入れば、そこは「非日常」であるという約束事が、主催側にも客側にも共有されているからですね。園内にいる限りは(マナーやルールの範囲内で)浮かれていてもいい。遊園地とかテーマパークというのは、客が自ら浮き足立って平静を忘れることで、初めて楽しめるものだからです。まあ、私が暮らす大阪では、USJの外に出てもなお浮かれ気分でラリっている、けじめのない輩が散見されますが。
ところがバイクとは、どういうものであれ人々が日常で使う道具です。それが非日常に属するものであっては、日常に馴染んでくれません。それは東京ディズニーランドの園内で、切れ味のいい包丁の実演販売をするようなものです。似合わない。ムードぶちこわしです。日常と非日常は明確に分けられてしかるべきなのですが、モンキーはその垣根を越え、非日常の世界から日常の世界へと持ち込まれてしまった。だから可愛らしい外見であっても、その性能がどうであっても、一般には今一つ親しみにくいのではないでしょうか。
HONDA「モンキー・くまモン バージョン」
全長:1,365 x 600 x 850 (mm)/排気量:49 cc
希望小売価格:税別312,000円(当時)
備考:熊本県のゆるキャラ「くまモン」とのコラボレーション(2014年4月発売)
モンキーは構造がシンプルなので、ある程度の基礎知識があれば、特に整備士資格を持っていなくても改造や修理がし易い。そういうメリットはあります。でもこれにしても、女性のバイク乗りの多くには、大した利点には思われないのではないでしょうか。だって、同じ自分で改造や修理を施すなら、大きめのバイクのほうが(裁量の余地も大きいわけですから)楽しいでしょう。スクーター派の女性の大半は、改造や修理なんて面倒臭いから、何かあれば専門の人を頼るか、下取りに出して新しいのを買うかに帰着する気がしますし(日本が貧困化している今、もう一度「良いものを長く大事に使う」習慣が復活してもよさそうなんですけどね)。
私個人はどうか? 二輪免許を持ってはいるので、バイクに乗る楽しみというのは、分からなくはないです。でも自分で愛用機をカスタマイズしたいとか、そういう欲求は見当たりません。「改造してどうするのよ?」という疑問が、どうしても先に立ってしまうんですね。なんともはやですが。
二十世紀半ばの日本で、人々は総体的に豊かになり、オートバイやクルマは実用を越え、趣味の対象にもなりました。だからこそ六〇年代序盤に、ホンダは遊園地「多摩テック」を開いたのでしょう。しかし時代は流れ、二十一世紀の日本でオートバイやクルマは、「環境にも健康にも悪い」と敬遠されるようになりました。モンキーが排出ガス規制に引っ掛かって、二〇一七年に一旦生産終了になったのは、その象徴でもありましょう。